うつ病日記2004年10月分

10月1日

 昨晩、不安感を払拭するために久々に飲んだ焼酎のせいか、果てまた心地よい睡眠を約束する成分が入っているというレタスを食べたせいか、何日かぶりに明け方までぐっすりと睡眠が取れた。しかし、さわやかな気分で朝を迎えたかというと、そうでもなかった。昨晩の頭痛はなんだか残っているし、相変わらず右ひじに痛みが残っていた。

 2004 年下期のスタートということで、全社の総合朝会があったが、あまり大した内容はなかった。何か次の組織変更に関する手がかりでも打ち出してくるかと思っていたのだが...。

 午前中は販売統計をまとめていた。頭痛は相変わらず残っていた。ずっと続くものではなかったが、ふとしたときに「ズキン!」と来る。何かよくない病気にでもなったかのような気分になる。もうよくない病気はうつ病だけで沢山なのに。

 午後には決裁を書こうとしていた。昨日、F 課長から指示されたものである。しかし、ふと見ると K 君がその決裁を書いて F 課長の検印を勝手に押しているのが目に入った。聞いてみると、F 課長から TEL で早急にやるようにと指示を受けたという。こちらには一言もなしでである。もう好きにしてくれ、という感じで K 君にすべて任してしまった。まあ K 君は僕より要領のいい奴だし。

 そんなこともあったので急速に意欲が失われた。なんとなく頭もぼーっとしている気がするし、午後を過ごすのが非常に辛かった。定時が過ぎたとき、本当にほっとした。少なくとも 2 日間は会社のことを考えずにすむ。

 

10月2日

 昨晩も 6 時までは熟睡できたように思う。その後もしばしば目覚めながらも 9 時まで睡眠が取れた。実際は 9 時になっても起きたくない気分だったが、無理してベッドから出た。朝食を食べても頭の回転が鈍い。

 何週間かぶりにすばらしい晴れの週末だった。こういうときには日光浴をするほうがうつ病には良いだろう。そう思って久々によみうりランド「丘の湯」へ向かった。残念ながらお風呂に入っても気分がさっぱりするとまでは行かなかったが、久々に汗をたっぷり流せたと思う。また、露天風呂があるので、じっくり日光浴もできたと思う。

 結局家に帰ってきてベッドに横になって寝ているときが一番気持ちがよく、気分がさっぱりした。休みのときにしか脳を休めるときがないから、寝たいときには寝たほうが多少なりとも脳の回復を図れるのだろう。

 

10月3日

 昨晩は 22 時前にベッドに入ってしまった。眠くてしょうがなかったし、昼にお風呂に入っているからシャワーを浴びなくてもいいやという気分だった。割と睡眠はちゃんと取れていたが、天気予報より早く雨が降り出し、またその雨の降り方がかなり激しかったようで、雨音でしばしば目覚めてしまった。朝は相変わらずぐずぐすとしていた。なんとなく目は覚めているのだが起きたくない気分。それを繰り返していた。

 こんなに雨が降っていると、食料の買出しにも不便を感じる。近所のコンビニに行く程度しか出来ないので、考えてしまう。

 朝食後、再びベッドに横になると寝てしまった。何もする気がないからでこれは午後も同じであった。自分でも驚くほどよく眠れる。午前 1 時間ほど、午後 2 時間近くの睡眠をとっていた。あまりに睡眠をとるので不安になってインターネットでいろいろ調べてみるが原因はよく分からなかった。いったい自分の状態がどの辺なのかもよく分からない。回復しているのかいないのかもよく分からない。

 

10月4日

 土曜の夜から散々(合計 14 時間)睡眠をとったせいもあったのだろうが、予想通り日曜深夜の睡眠は浅いものだった。ただ、急に寒くなったせいもあって毛布をかぶっていると眠りが浅くなってもなんとなく幸せだった。

 そうは言っても起床時は気分が不愉快だ。ましてや昨日からずっと雨が降り続いている。それだけでも気が滅入ってくる。

 会社に行き、10 時頃になって、展示会場から連絡が入ってきた。機材の取り付けも終わり、電源も入ったらしい。ネット上からチェックしてみると、無事動いている。ほっと一安心である。もうこれで今日の仕事は終わったようなものである。

その頃 H 部長と F 課長がひそひそ話をしていた。よくは聞き取れなかったが、

「人事から...」

「しばらく黙っていろ。」

というような声が聞こえてきた。何の話だろう? 僕にとってラッキーな方向に関する話だといいのだが。半年しかいないが、この部署にいること自体が病気の回復をずるずると遅らせているような気がするので両名ともどこか行っていただきたいと願って止まない。

 ちなみに現在、自分の体調を考え、仕事を断ったりしていたらやる仕事が極端に少なくなってしまって、それはそれで結構辛いことを思い知った。残業が恒常的に発生するようなのはお断りだが、定時間ぐらいだらだらと出来る程度の仕事はしたいなと思う。大体僕を異動させたときから異動の意図が明確ではないのだからそれも同然の結果といえようが。きっと僕をいいように使いたかったのだろう。個人の想いや人生観を無視して。

 

10月5日

 昨晩もちょこちょこ睡眠が浅くなった。そして、窓を叩く雨の音が耳についた。今朝も雨の朝だ。3 日連続の雨にうんざりしてくる。頭もなんとなくぼーっとしている。

 午前中は何とか過ごせたが、午後は頭が回転しない。たまたまグリップハンドの小山さんを見かけたので強引に喫茶室に連れて行って休憩するが、なぜか言葉がうまくしゃべれない。今日も不調のようだ。

 定時後、ネットで仕事をしている振りをして自分のサイトについての調査をいろいろしていたら、なかなか面白かった。こういう結果をうまく仕事にいかせると楽しく仕事できるように思うのだが...。とにかく現状は辛い。後 3 ヶ月我慢すれば何か変わるところもあると思ってはいるのだが、持ちこたえられるのだろうか。その前に何かが変わるのだろうか。何も変わらないのではないか、そんな思いが頭をよぎる。絶望感が増してくる。

 

10月6日

 今朝は 4 時半に目覚めた。トイレに行きたくなったからだ。トイレに行き、再びベッドに入るが熟睡できない。

 それでも数日振りの晴天を朝見たときには、気分が少しだがよくなっていた。なんとなく午前中は頭が回転していた。しかし、少し調子が復活するとすぐいつもの調子で何かに熱中して休憩も取らずに何かを行ってしまうのが僕の悪い癖である。そのせいで午後は今ひとつという気がした。まだ脳のエネルギーが元に戻っていないのだろう。いい加減自分のスタイルを変えるようにしていかないと本当に自滅しかねないな、と思った。それでも今日、周囲にほとんど人がいなかったおかげで気分的に相当救われた。社内に人がいてガヤガヤしていたらまた神経に障って余計にエネルギーを使っていたことだろう。

 夕方 H 部長と F 課長の両名が戻ってきた。F 課長はまた何か仕事を見つけてきたらしくそのことについて話し始めたが、適当に返答しておくにとどめた。ただ、ここ数日に比べ安定している感じがしたので、変な不安を感じることもなく、話を聞くことは出来た。

 今日も組合の連絡会がないので拍子抜けしていたら、執行委員が僕のところにやってきて、明日の定時後時間が空いているか、と聞く。例の組織変更第一弾についての組合に入ってきた内示情報について話しておきたいから、ということである。特に何の予定もないので OK を出しておく。

 

10月7日

 今朝は 5 時半に目覚めてトイレに行ったが、実際はそのかなり前から半分起きていたようだ。起床時の気分はまた最低。今日も頭がすっきりしない。

 昨日の晩、地震があったらしいが記憶にない、というか地震があったのが昨日だったのかがよく分からない状態になっている。確かに 1 週間以内の間で、寝ているときに地震を感じたのは記憶に残っているのだが、それが昨晩の地震とは思えない。何か脳の記憶力がひどく低下しているのだろうか。

 会社に行っても何もしたくない。といっても何かしないわけにはいかないので回転しない頭を必死になって回転させながら(つまり少ないエネルギーを無理して使いながら)、Webサイトのアクセスログの調査などをして過ごした。ここ 2 週間ばかり調子がよくないな、と頭の片隅で思う。また、「もういい、勘弁してくれ」だとか、「疲れた...。」という感情が頭を支配する。かなり活動レベルが落ちている感じである。

 夕方は組合の会合。内示情報といっても誰が異動するのかはいまだはっきりしなかった。そちらのほうが気になるのだが、その前に異動が予想される組合員に対していろいろヒアリングをしなければならない羽目となった。そちらのほうが面倒だ。ちなみにうちの職場にいる異動予定の面々は都内の職場に異動すると思い込んでいるみたいだが、現時点で組合に入っている限りの情報では、大阪か、三重県の津市ということだから、このことを話したら大変な騒ぎになるような気がしてならない。

 

10月8日

 今朝の起床は 6 時過ぎ。少しずつ早朝覚醒が遅くなっている。最も昨日と同じくその前に半分目覚めている状態だったのだから、症状が改善しているとはいえない。例によって頻繁に夜中に右ひじの痛みを覚えるしどうしてしまったのだろう。どうも寝違えたのとは違うのではないかという気がしてきた。なんだかひじの筋肉が硬直している感じがする。その証拠に痛みを覚えたとき、右ひじを曲げると痛みが和らぐのである。最近は痛みで半覚醒状態になったとき、ひじを曲げるようにしている。

 会社に行って別の課の E さんと話し始めたら、午前中ほとんどおしゃべりで終わってしまった。大分励ましてもらったし、かなり精神的に楽になった。今日は話を聞いていてもイライラしない。

 午後は展示会を見学しに幕張へ出かけた。雨が降ってきていたので面倒な気分だったが、会社にいるよりはマシかと思った。しかし、展示会を見学していても、以前みたいに好奇心が喚起されない。以前は他社の展示とか見ているだけでも楽しかったものだが...。それにすぐに疲れてしまう。

 展示会場で本社の Web 担当者と遭遇したので、つい仕事の話をしてしまった。そこで、いろいろと不安感が頭を傾げてきた。また、F 課長に報告・相談をするしかないか、したくはないけど、とため息混じりで考えてしまい、またまた不安感のデススパイラルにはまり込む。帰りの電車では思考能力が低下していたように思う。佐野元春のライブ CD を聞いていたのが救いだった。

 家に帰宅して TV をつけると、天気予報で明日は台風の影響を受けそうだから外出を控えるように、といっていた。そう言われても明日は病院へ通院して薬を貰ってこなければならないから外出しないわけには行かないのに。またまた気分が落ち込む。

 

10月9日

 4 時半の起床。毎度のごとくトイレに行く。その後ベッドに戻るもなかなか熟睡状態に入れないままいたが、いつの間にか熟睡していたようだ。9 時過ぎに改めて起床。なんとなく体がだるい。寝すぎなのか? その割には脳がすっきりしない。

 天気予報を聞いているとますます台風の影響が大きくなってきているようだ。病院に TEL を入れて急遽診察時間を 12 時に変えてもらう。昼頃ならまだ大丈夫だろう。当初の時間辺り( 16 時)だったらどうなっていたことやら。

 診察で、ここ 2 週間の症状を話す。後で考えると話し忘れていることもいっぱいあるのだが、そのときは思い出せないことも多い。どうも物忘れがひどくなっているみたいだ。昔は記憶力がいいのがひそかに自慢だったのに。いろいろ症状を訴えていると、就寝前に飲む薬が変わった。リボトリールからレスリンへ変更である。これまで就寝前の薬はどれも精神安定剤と弱い睡眠薬だったが、このレスリンは抗うつ剤である。医者側の判断としては一貫して睡眠の質を高めることによる回復を図っているようである。確かに睡眠がちゃんと取れたな、という日は割と調子のいい日が多いし、きちんと脳の休息を図るほうが正しいのだろう。だが、こちらとしては昼にすっきりと効く薬はないものかな、と思ってしまう。

 病院から帰ってくるとやはり眠い。結局今日も昼寝してしまった。薬が効いているのだろうか。平日はあまりこのような眠気は感じないのだが、社内でストレスを受けているがゆえに感じないのだろうか。

 

10月10日

 深夜 1 時半近くに腹痛で目覚めた。やはり毎晩トイレに起きている。その後はいつもと違っていた。睡眠がたびたび浅くなるのだが、その時間がいつもより短い感じを受けた。朝、8 時半に目が覚める。頭はかなりぼーっとしているしだるい感じもするが、一応起床してみる。台風が去った後だというのに天気は曇り。自分の頭と同じくすっきり晴れない天気だな、と思う。洗濯物が乾くのかな、と思った。

 とりあえず雨は止んでいるので掃除をしてから、駅に原付自転車を取りに行った。少し歩いたので精神的に気分転換になるかと思ったが、心はなんとなく沈んだまま。買い物をして自宅に戻ったが昼食もどうでもいい感じだった。空腹感がないのである。それでもカップラーメンだけは食べ、薬を飲んでおいた。

 午後も何もしたい気分が起きないのでまたベッドて寝ていた。いつもだと昼寝の後はなんとなく気分が少し跳ね上がってくるものだが、今日はそれもない。一応洗濯物のアイロン掛けは済ませてしまうが、それ以外はなんとなくベッドに横になっていたい気分だった。

 

10月11日

 昨晩は夢を見た。朝起きたときには内容を覚えていなかったのだが、変な夢ではなかったような気がする。普通にストーリーがあったような夢だった。

 昨晩も時々睡眠が浅くなるが、さほどひどいものではなかった。今朝は意識して少し早め(といっても 8 時)に起床した。それでも昨晩 22 時半には寝に入っていたのでそれなりの睡眠時間である。昨日は 1 日中横になってばかりいたせいか背中が痛い。

 カーテンを開けると今日も曇り、というか弱い雨が降っている。天気予報が外れている。ベッドカバーとか大物の洗濯をしたいのにこれでは出来ない。なんだか騙された気分である。

 朝食後、久しぶりに紅茶を飲む。ここのところ休日になると 1 日中睡魔が残っているので、紅茶を飲んで眠気を払ってみようというわけである。考えたら朝薬を飲むようになってから紅茶を飲まなくなっていた。(実家にいたときはほぼ毎日紅茶を飲んでいたし、一人暮らしをはじめてからも休日は大体飲んでいたのに。) それを少し変えてみたのである。

 午前中雨が止んだのを見計らって買い物に行く。しかしやはり物覚えが悪いのでヨーグルトを買い忘れた。

 昼食後は久々に DVD の鑑賞ができた。紅茶のせいかあまり眠気を感じなかったからだ。しかし、鑑賞時間が長く感じた。実際の上映時間は 2 時間弱なのだが、2 時間半ぐらいあったように感じた。まだまだ脳の回復が本領化されていないように感じる。

 

10月12日

昨晩はまた 2 時半近くにトイレに起きた。どうも深夜の覚醒は尿意と関係している節がある。これが薬の副作用なのかどうかは分からない。その後、明け方近く眠りが浅くなり、何となく頭痛がした。イメージとしては、早朝起床しなくてはならない状況で無理やり目覚まし時計で目覚めたときの感じに近い。ただそれと違うのは薬のせいで睡眠のほうへ引きずり込まれるという点である。

 朝の目覚めはまあまあの気分。しかし朝食が美味しくない。味を感じてはいるのだが、美味しいとは思わなかった。今朝も雨の朝である。ずっと天気が悪いのでそれも作用しているのだろうか。

 とはいえ、会社に行くと H 部長も早々に出張してしまい、F 課長はいないし、周囲も割と静かだったこともあり、さほどうつな気分にならずに済んだ。大して仕事はなかったが、気分的には楽な 1 日だった。周囲では打ち合わせをしていたが僕は直接関係しない打ち合わせだったので近くで聞き耳を立てていた。その会議上では F 課長に対する不満が出てきていた。自分のペースで周囲を振り回しているのが不満の要因のようである。それには僕も同意する。うつ病の症状がさほど重度でないのにもかかわらずなかなか改善の方向に向かわないのも彼がその要因の一つなのだろうと思った。

 夕方、組合の職場会を開催。組織変更第一弾で転籍対象になるであろう人たちを対象にヒアリングをしなければならなかった。これが一番仕事として難儀だった。言葉がうまくしゃべれない。しかし、対象予定者たちはほとんど覚悟を決めているせいか、大した質問も意見も出てこなかった。これだけは精神的に助かった。人の不満を聞くのほど疲れることはない。特に今の僕の状態では。

 

10月13日

 今朝は 4 時 20 分にトイレで目覚めた。何で毎日目覚める時間が異なるのだろう。その後は例により眠りが浅くなる。雨が窓を叩く音が気になってしょうがない。

 その割には 7 時の起床時は割と楽にベッドから離れられた。朝食は美味しいとは思わなかったが。会社に行ってぼちぼち仕事をしていると久しぶりに気分が高揚しているのを感じる。なぜだろう。9 月もほんの一時だけ気分の高揚を感じたが、今回のもそれと同様なのだろうか。

 せっかく午前中は気分が高揚していたのだが、午後先週の懸案だった F 課長への業務の相談をしたことでテンションが下がり、その後の情報セキュリティの会議ですっかりエネルギーが尽きた感じを持った。健康なときでも会議に出席すると疲れるものだが、脳のエネルギーが少なくなっている現状では堪える。相変わらずはっきりとしない会議なので思わず「一度全員にきちんと研修会とかしてほしい。」と言ってしまった。

 脳のエネルギーがなくなった感じを持ったので夕方、畠山さんのところに無駄話をしにいってしまった。でも途中から仕事の話になっていたのは不思議だが。

 帰宅時、駅で電車を待っていた。電車がホームに入ってくるとき、かすかに「飛び込んだらどうなるのかな?」という考えが頭をかすめた。以前から時々そういう考えがかすかに頭の中をよぎるのだが、今日これがあったということは脳のエネルギーが低下している表れだろう。そう考えると午前中の高揚感はいったいなんだったのか、余計不思議に思ってしまう。

 

10月14日

 昨晩は寝つきが悪かった。眠剤や精神安定剤を飲んでいるのにもかかわらず、ベッドに横になってもなんだか意識が残ったままだった。そのせいか深夜の起床や、朝の睡眠の浅くなる現象が少なかったのにもかかわらず朝の気分はよくなかった。今日は駄目かな、と身支度を整えながら思っていた。

 会社につくと、財布を持っていないことに気づく。身に着けるのを忘れた、と思っていたが、よく考えたら会社のロッカーで着替えているときにバッグの中に入れていたのを忘れていただけだった。どうも記憶力の低下が激しい。

 朝からこんな調子だったのにもかかわらず、出張に出ている人が多く周囲が非常に静かだったので、かなり安定した調子でいられた。昼食にハンバーガーを食べたこともあるのだろう、午後の時間も苦痛ではなかった。いろいろWebに関する勉強などが出来た。しかし、Webの革新のスピードは速い、と感じた。追いつけないな、というのが実感である。

 夕方は組合の連絡会。なんと 11 月 27 日の土曜日に勉強会を開催したいといってきた。うー、行きたくない、と条件反射的に思ってしまった。いざとなったら病院に通院するからといって欠席してしまおうか、と考えてしまった。

 明日は有給休暇を取った。しかし、会社を休めるというのに心が弾んでいないなと帰宅時に感じていた。土曜日は佐野元春のコンサートがあるというのに本当に行く気になるのかな、楽しめるのかな、となんだか他人事のように考えていた。(といってもチケットは購入しちゃっているんだが。)

 

10月15日

 昨晩は夢を見た。僕は両親や弟と一緒に車に乗って東北から帰ってくる、という夢だった。東北から帰ってくるといってもどうも東北自動車道を使っている感じではない。何とか山の観光道を走っている、という夢だった。

 それとまた腕を痛めた。今度は両腕である。どうも寝ているときの姿勢によって変なこわばりを起こしてしまっているらしい。途中目が覚めて腕が痛かったので、こわばっていた腕を曲げて痛みを和らげた。そのとき以外は眠りが浅くなることはなかったように思う。休日の定番起床時刻である9時に起床した。

 外はなんと 1 週間ぶりの晴天である。気分がいい。太陽の光をたっぷり浴びたいと思ったので、久しぶりのサイクリングを行った。日記を読み返してみるとどうも 1 ヶ月ぶりのようだ、自転車に乗るのは。多摩川沿いをゆっくりと 1 時間ほど走った。とてもさわやかで今回は気分がさっぱりした。この前クアハウスに行ったときとは心の状態が違う、と感じた。昼食は、ネット上で「あまり美味しくない」と評判のよくないラーメン屋にあえて行ってみた。食べてみると思ったほど悪くないと思った。まあひいきにするほどの味ではないのは確かだと思ったが。

 家に帰ってきて、少しベッドに横になるも、昼寝までにはいたらなかった。雑誌等を読んで少しのんびりした。

 気分のいい状態は夕方も続き、洗濯物のアイロン掛けもあまり苦痛ではなかった。いつもは結構苦痛に感じているのだが、このアイロン掛け。

 夕食も今日は珍しく自炊をしてしまった。といっても豚肉炒めただけだが、これまでずっとそんなことやる気力すらなくてスーパーの惣菜ばかりだったから、美味しく感じた。

 

10月16日

 今朝は 5 時 12 分にトイレで目覚めた。その後 7 時、8 時と目覚め、起きたのは 8 時 46 分だった。変な浅い眠りもなかったのに、目覚めの気分は今ひとつだった。カーテンを開けるとまた曇り空。天気予報が外れていた。顔を洗っている最中、ふと昨晩悪夢を見ていたことを思い出した。会社の異動予定者のリストを見ている夢だったのだが、H 部長を始め周囲の異動予定者が誰一人リストに載っていない、というものだった。実際のところ H 部長の行方がどうなのか不明なところがあるから、その夢を思い出したおかげで気分が沈んでしまった。

 それでも部屋やトイレ等の掃除を行うのに苦痛は感じなかった。その後 PC のメールをチェックしていたら、佐野元春ファンの方々からメールが届いていた。今日のライブの後お茶でも、という内容だった。

気分的にどうなのか自分でも判断がつかなかったので、どちらかというと断り気味のメールを返信しておいた。とは言っても以前佐野元春のビデオクリップの録画をすると話していたので、せめてそれの PC データぐらいは渡したいな、と思い、PC で TV からとったビデオクリップの加工をして CD-R に焼きこむ作業を行った。(この話は佐野元春「月夜を往け」ビデオクリップ撮影の絡みである。)

 昼になるにつれて段々気分が平常になってきた。しかし、寒い日である。脳を患っていなくても気分が落ち込むような天気だな、と思った。今日も昼寝せずに済んだ。薬が変わった影響なのか、それとも別の理由なのか。

 夕方、渋谷へライブを見に出かけた。会場に着くと、たまたまメールをくれたファンの方々と遭遇してしまったので、ライブ後のお茶に同意してしまった。そのときは調子も悪くなかったので大丈夫だろうと判断したのだ。

 ライブは久々に楽しめた。前半ちょっとライブに入り込めていなかったのだが、後半はずっぽりと入り込んでいた。気分もよかった。ライブ後は、約束どおりファンの方々とお茶をしながら談笑する。アルコールなしだからよかった。ここでも前回 8 月のときに感じたライブ後の不安感などは感じなかった。談笑中こっそり薬を飲んでいたのもよかったのかもしれない。CD-R も渡せてほっとした感じである。

 

10月17日

 昨晩はライブに行ったために寝る時間が遅くなってしまった。それでも 12 時前にはベッドに入ることが出来た。しかし、途中ちょこちょこと眠りが浅くなった。寒かったので掛け布団を増やしてたのだが、それと関係があったのかなかったのか。その割には朝の起床時は眠気が残っていない。どうも薬を変えてからというものの朝の目覚めは眠気という点ではすっきりするようになったようである。

 今日はいい天気ではあったが、何となく体がだるい。うつ病による力のなさというよりは、昨日のライブの疲れが出ている気がする。何となく引き始めの風邪のような感じ。今日も洗濯をし、通勤用の革靴を磨いたりして午前中を過ごした。

 ふと冷蔵庫を見るとビールがなくなりかけていた。ビールを買わなきゃ、と思いつつ、昼食を食べに外出した。昨晩はまともな食事ではなかったため、何かちゃんとした定食類を食べたかった。そこで中華料理のチェーン店である東秀でホイコーロー定食を食べた。野菜もたっぷり入っているし、値段も手ごろ( 600 円)だと思う。

 家に帰ってから昨日のライブレポートをまとめてみた。でもなんだか書いているうちにレポートというよりこの日記の拡張版みたいな文章になっていた。どうも「僕の中心ではうつ病を叫んでいる」みたいである。

 

10月18日

 昨晩も夜中に目覚めた。3 時 13 分といういやな時間である。もちろんトイレに行きたくなったからだ。その後はお決まりの浅い眠りがしばしば発生する。

 今朝もいい天気だが、会社に行かないといけないから気分が言い訳ではなかった。もちろん気分が落ち込んでいるという訳でもなかったが、「さあ、今日も頑張ろう!」などとは思っていないのは明らかであった。鼻風邪も残っているようでそれも少し辛かった。

 午前中は何となく過ごしてしまった。課内ミーティングの開始時間が遅くなったので昼食時間も遅くなり、昼の休憩が少なくなってしまったが、まあまあ心は落ち着いていた。ただし頭の回転は全くだめだった。

 午後に F 課長、K 君と3人で打ち合わせを行った。組織変更のあおりを食らって個々人の作業内容に一部見直しが入ってしまい、僕の役割も少し変わることになってしまったからだ。前々からいやな予感がしていたが、予想通り、販売統計の集計作業量が増加し、販売検討会の資料作りまで加わってしまった。会議の途中、ずっと心の奥底で不安感を感じていたのだが、それがいつものように表に出てこなかった。なんだか坑不安剤であるワイパックスの効果が出ていて、不安感を押さえ込んでいる感じだった。打ち合わせの後、F 課長が個人的な質問(趣味のこととか)をしてくるが、「調子が悪いから休みの日は寝ているだけ。」と答えておいた。(実際 9 月はそうだったし。) しかし、それでも F 課長はうつ病のことが分かっていないから「今度懇親会とかやってパーっといこうよ。」などと言ってくる。「やっぱりこの人僕の苦しみが分かっていないや。」と改めて思った。最初から分かってもらえるとも思ってはいなかったが。

 打ち合わせの後はしょうがないので販売統計資料のフォーマット作りを行った。ただただ何も考えずに...。

 19 時近くなり疲れたので周囲に「お先に」といって会社を後にする。ちょうど昼に服用した薬の効果も切れてきたため、意識も散漫になっていた。

 

10月19日

 今朝もしばしば眠りが浅くなるが、目覚めるというところまではいかなかった。しかし、資料作りのことを考えてしまい、朝から気分が憂鬱だった。

 会社に着いて早々に販売統計資料のフォーマット作りを続けた。おかげで午前中には完成した。その後、以前からやらなきゃ、と思いつつやる意欲のなかったファイルサーバーの操作マニュアルの作成に取り掛かった。社内の情報セキュリティの関係上、ファイルサーバーの管理方式を変更する羽目となり、その遣い方を説明しないと誰も使えない状態になってしまっていたのである。作成に取り掛かるまでには少々気力を要したが、作成し始めると、調子が出てきて午後の早い時間に出来てしまった。

 その後、今日は調子がいいことから出来ることはやってしまおうと考え、ここ半年の業務まとめ(これが本来なら評価に直結するはずなんだが...。どこかの会社みたいにぜんぜん機能していないのである。)を作成したりした。そんなことをしながら、心の隅ではここのところの精神状態の好不調の波の原因を考えていた。原因は F 課長にあるのは明らかだ。元々うつ病を発病するきっかけを作ったのは H 部長だが、その後ほとんど口も聞いていないし、いろいろ思いつきで言ってくる F 課長の存在が心の負担になっているのは間違いないだろう。

 トイレに行く途中、前の部署のおじさんと話を交わしていたら、どうもそのおじさんも近々部署が変わるようである。そのおじさんの持っていた仕事がどうなるのか未定らしいが、これで前の部署は崩壊したな、と思った。使えない R 課長と、元うつ病(だと思う、本人は何も言わないが)患者の S さんと、派遣二人だけだから何も出来ない組織になってしまうようだ。もっとも以前から何もしていない組織だったが。

 夕方になるとやはり気力が失せてくるので今日も適当な時間に帰宅。また雨が降っている。今月雨が非常に多い。自宅に帰って夕食を取ろうと冷蔵庫を開けたら、ふと牛乳を買い忘れたことに気づく。また物忘れだ。やむを得ず、夕食をとった後、近所のコンビニに買出しに行った。

 

10月20日

 昨晩も深夜目覚めることはなかったが、やはり早朝しばしば眠りが浅くなっていた。眠りの浅くなるなり方が前日よりも辛い感じだった。今日も朝から雨。また台風が近づいてくる、ということで憂鬱度が高まる。

 通勤途中、ふと「今朝薬飲んだっけ ? 」と思い出し、不安感を感じ出す。実際はちゃんと飲んでいたのだが、飲んだ記憶がないため、午前中しばしば不安感に襲われる。睡眠の質もよくなかったのが災いしているのかもしれない。

 昼の休憩時、いろいろうつ病のことも含め自分の職場でのあり方に悩みがあったので、組合に相談に行ってみた。しかし、結論は、職場異動等も含め、とりあえず自分から人事に相談したりしていろいろ動くしかないということになってしまい、悩みが軽減されるどころか、むしろ心に重荷をしょってしまった気分になる。

 そんなダウンな気分で午後の仕事を行っていたが、いつの頃からか、頭の中で佐野元春の「DIG」と言う曲の一節が鳴り響いていた。

「♪誰もがいい思いをしたい / ほかの誰かと同じように」

 台風が接近していたため、会社側から「本日は定時退社するように」と通達が出た。これには助けられた。とは言っても大雨の中帰るのも一苦労で、スーツはずぶぬれ、革靴もびしょびしょと濡れ鼠状態で帰宅した。家に着くとほっとした。TV では台風の中継を放映していた。今晩もひどい雨になりそうだ。睡眠の妨げにならなければいいのだが...。

 

10月21日

 昨晩も23時にベッドに入ったが、いろいろな考え事が頭に浮かんでしまい、なかなか寝付けなかった。その分、早朝の浅い睡眠は少なかったようだ。昨日よりは起きたときの気分がよかった。

 職場に行って、F 課長にいろいろ話をするか、相談するかと思っていた。多分無駄なことだろうと思いながら...。しかし昨日「今日会社に顔出すから。」とか言ってたはずなのにどこに出かけてしまったのか、一向に姿を現さない。販売統計のことも確認取りたかったのに何も出来ず、また中途半端に仕事のない状態になる。しょうがないのでまたサーバーをいじったり、組合の資料を読んだりして過ごした。

 それでも台風も去ったせいか、昨日よりは精神の底上げをしているような気はしていた。

 夕方は組合の連絡会。本来ならば昨日の開催のはずが、台風による強制定時退社の関係で本日に変更となっていた。しかし、本日の議題の説明を聞いていてもさっぱり頭の中に入ってこない。配布された資料を読んでも理解が出来ないのである。やっぱりうつ病の影響が出ているのか?

 帰宅時にスーパーに寄って惣菜を買おうとしたが、なんだか食べたいものがない。やむなく、お弁当だけ選んで家に帰った。

 

10月22日

 さすがに昨晩の寝つきはよかったが、やはりしばしば眠りが浅くなる。一度、時間を確認したところ、3時32分だった。深夜に目覚めているのとそう変わりない。

そのせいなのか、それとも週末のせいなのか、朝が起きれなかった。無理やり起きたが、体自体がだるい。このだるさは以前にも体験していた感じのだるさだ。疲れが取れていないのだろう。

 午前中も何となくけだるさと眠気と戦いながら過ごした。

 昼食時、一緒に食事しているおじさんたちと話をしていて愚痴っているうちに、自分で自分が惨めになってきた。午後は今週初めから続いている鼻風邪の影響もあって何も出来ない状態になる。

 それでも不思議なことに服用している薬の効果が最大限になってくるらしい15時ごろになると多少は気分が上がってくるみたいである。ほんの少し頭が回転しだす感じを受ける。その代わり、鼻風邪の状態が徐々に悪くなっていく感じで辛さは増す。夕方などはかなりきつかった。言葉もうまく出てこない。

 週末であまり周囲に人がいないこともあって、早々に会社を後にすると、ほっとした気持ちになる。どう考えても会社にいること自体がストレスになっているとしか思えない。

 家に帰って鼻うがいをし、いつもより多く飲酒をすると、ようやく落ち着く。5日間連続で会社に通勤するのは本当にきつい、というのが今回認識できた。

 

10月23日

 昨晩、アルコールを飲んだのがいけなかったのか、それとも別の理由なのか、また寝付けなかった。途中、掛け布団を変えたり、眠れないから起きて本を読んだりして結局寝付いたのが最初にベッドに入ってから 2 時間後の深夜 1 時だった。

 その後目覚めたのは 8 時だったが、気分は不愉快だし、なぜか背中が痛い。トイレに行き、もう一度ベッドにもぐりこんだ。

 9 時過ぎに起きたが食欲もない。ヨーグルトと牛乳で朝食を済ましてしまった。なんだか何もしたくない。しかし、薬を飲んで 1 時間もすると気力が出てきた。最近薬の効果が何となく実感できることが多くなってきたように感じる。いつものように洗濯と掃除を行う。

 メールを見ると元春ファンから喜びのメールが入っていた。先週渡した CD-R が観れないということでここ数日メールでやり取りしていたのだが、ようやく解決し、ビデオクリップを観れたようである。ひとつ荷が降りたような気がしてほっとする。

 昼食は近所の蕎麦屋に行ってみた。ここに引越ししてから1年半近くなるのに食べに行ったことがなかったのだ。そばの味はまあ可でもなく不可でもなく、といったところだったが、蕎麦湯がうまかった。

 夕方はいつものとおり病院へ。ここ 2 週間の状況を出来るだけ覚えている限り話をする。少し愚痴っぽい話もしてしまった気がするが、医師からの「その辺は多分うつ病の影響ですから、できるだけ休養を取って、元気になってからまた仕事をきちんとすればいいと思いますよ。」と言われ、心理的に救われる。相変わらず睡眠に不満ということを訴えていたので今回も服用する薬が変わった。就寝前に飲んでいたロラメットが、ついにサイレースに変わってしまった。このサイレースという薬、睡眠薬の中でも最強らしい。精神病関係の本や、2 ちゃんねるでもよく名の出てくる薬である。「ついに来たか。」という変な満足感を感じる。

 19時少し前に大きな地震があった。その後も数度余震があり、新潟のほうは相当被害がでているらしいことをニュースで知る。台風といい、今年はどうなってしまっているんだ?

 

10月24日

 昨晩は 21 時頃になるとなんだか眠くなってきていた。TV もうるさく感じられるし、早々にシャワーを浴びて TV も PC も消し、ベッドに横になって漫画等を読んでいた。寝たのは 23 時少し前。サイレースがどう効くかだった。しかし、深夜 3 時過ぎにやはり目が覚めてしまった。なぜか腹痛を起こしたのだ。トイレに行き再びベッドにもぐりこんだ。その後は眠りが浅くなることはなかった。朝は 7 時半過ぎにまた腹痛で目覚める。何となく不愉快な目覚め方である。

 起床しても気分が乗らない。何も出来ない、というのでもないが、何もしたくない。それでも買い物には行かないといけないから、出かけた。夕食のおかずもスーパーの惣菜は飽きていたので、やる気はないが秋刀魚を購入。面倒だが焼くしかないだろう。(焼くのすら面倒な気分だった。)

 昼を簡単に済ませた後、映画を観る気もないから(大体観ていない DVD はちょっとヘビーな内容の作品が多いせいもあって気力が涌かないのだ。「戦場のピアニスト」とか。)久しぶりに昼寝をした。鼻の調子もよくないから睡眠をとるのもいいだろう。1 時間ぐらい寝ただろうか、なんだか幸せな気分になっていた。ベッドからでたくないと思った。

 夕方、何も考えずにネットサーフィンをしていた。実家のある葉山の検索をしていると、ふと懐かしさと寂しさがこみ上げてきた。9 月に実家に帰ったばかりなのに。やっぱり自分の生まれ育ったところには愛着があるのかもしれない。何といっても 33 年も住んでいたところだし。

 

10月25日

 昨晩も寝つきが悪かった。昼寝をしてしまったことと、かなり早めにベッドに横になったのが原因かもしれない。それよりも早朝の眠りの浅さのほうが辛かった。なんと、その時間辺りに見た夢の中ですら眠りが浅くて辛い状態だったのだから。一瞬夢と現実が分からなくて混乱してしまった。

 月曜日ということもあって会社の自分の席の周りが混雑している。薬のせいもあって落ち着いているといえば落ち着いているのだが、なんだかテンションは高くなかった。昨日と比較すればマシという程度。

 夕方が近づくにつれて段々思考能力が落ちてきて、ネガティブな思考が頭の中を占めるようになる。いわく、この先自分はどうなるのか。またあの20代の時辛い思いをさせられた営業外回りをさせられるのか、 H 部長はやっぱり居残るのか、などなど。心の病気は厄介なことにどうしても思考がネガティブになってしまう。

 今週は特に金曜に課内の会議が半日もあるから余計に気が重い。それも会議の後は飲み会である。そのためにわざわざ茅ヶ崎の会社の保養所まで行かなければならないから面倒である。飲み会に行きたい気分ではないから欠席させてもらいたいし、そうしようと思っているのだが、できるかどうか。F 課長に無理やり引きずり込まれそうな気がする。

 

10月26日

 昨晩は比較的早く寝付くことが出来た。そして珍しいことに早朝の浅い眠りを感じることも夢を見ることもなく、9 時近くまで睡眠をとることが出来た。ここしばらくの日記を読み返してみても、休日のときでも何らかの睡眠障害が起こっていたから久しぶりに普通の眠りをむさぼっていたことになる。

 今日も有給休暇である。年間 20 日を消化しようと思ったら月 2 日は取らないと消化できないからここぞとばかりに消化している。何も会社のために組合員の権利である有給休暇を放棄することもない。特に今のように病気を患っているのならなおさらである。(それでも数年前は何日間か放棄したこともあった。なんだか会社に洗脳されていたような気分である。)

 FM ラジオを聴いていたら佐野元春の「約束の橋」が流れていた。なんだかラジオから元春の曲が流れると嬉しくなってしまう。CD もアナログレコードもすべて持っていていつでも聴けるのに、それでもラジオから聴こえてくる元春の曲は特別な何かを持っているような気がする。

 そんなこともあったのか、午後は元春の出演しているTV番組をビデオに録画したものを観ていた。録画するだけしておいてまじめに観ていなかったのだ。まだちょっと輸入盤 DVD を観るまでの気力はない感じだった。

 

10月27日

 昨晩はまた深夜 2 時過ぎに目覚めた。トイレに行きたい夢を見ていて本当にトイレに起きてしまったのだ。その後の睡眠は、また現実だか夢だか分からない感覚に襲われた。起床時に聞いているラジオの夢を見ていたのだから混乱するのも当たり前である。

 朝起きると何となく喉の調子がおかしい。どうしたのかと思っていたら、会社に行き時間が経つにつれて調子が悪くなってきた。風邪を引いてしまったらしい。ようやく鼻風邪がよくなってきたかと思っていたら悪化したようである。精神状態は割と安定していたのにもかかわらず、今度は風邪のせいで気がそがれる。風邪薬と坑うつ剤や坑不安剤の飲み合わせがどうだったか心配だったので、ネットで調べてみると特に問題ないようなので、帰宅後風邪薬も飲むことにする。

 精神状態が安定しているといってもやはりうつ病が治っていないと感じるところもあって、午後に会議があるのにもかかわらずその会議のことを忘れかけていた。スケジュール帳を見たお陰で思い出したが、記憶力の低下が著しい。さらに牛乳とヨーグルトを買うのも忘れかけていた。こちらは昨日 PHS のアラームに登録をしておいたお陰で思い出した。

 夕方の組合の連絡会は風邪がひどくなりだしていた時間できつかった。執行委員の説明もろくに聞いていなかった。まあ最近ろくに説明を聞いていない(というか頭に入らない)ことが多いから大差はないけど。

 

10月28日

 昨晩はしばしば喉の痛みで目覚めかけた。いつもだと早朝に起きる浅い眠りが一晩中続いていた。そのせいかどうかは知らないが、「また朝の辛い半覚醒状態か」という思いは持たなかった。

 朝の調子は昨晩よりはマシだが、やはり喉は痛いし、鼻水も出ていた。それでも久しぶりに晴れた空を見ると、気持ちのいいものだった。ただ今朝は寒かった。この秋一番の寒さだそうだ。

 午前中は、F 課長と面談を行った。中間の業務成果の面談である。元々明日全体で行う、ということだったが、全体だと言いたいことも言えなくなるから個別の時間を設けてもらったのだ。そこで改めて「自分がこの部署にいる意味を見出せない」ことを告げる。F 課長はそのことを受けて一方的に(穏やかだが)しゃべっていた。納得できる部分もないわけでもなかったが、やはりすっきりとはしない。うつ病ではないときは多分素直に納得してしまったのかもしれないが、今の状態だとそうもいかない。人の言うことを素直に受けすぎ、がんばりすぎてうつ病になっているのだから。

 しかし F 課長はよく分からない人だな、と思った。一方的にしゃべっているときは、「君にはある一定程度のことを学んでもらってから異動させたい。」とか言っておきながら、2 時間後ぐらいには「今期中に異動したい?」とか聞いてくる。そのときには「人間関係的には...。」と回答してしまった。実のところ今本当に違う部署に異動してもやっていけるのか、全く自信がない。多分病気がそう思わせているのだと思う。しかし今の部署にいても自分の人生の意義を見出せないし、何より人間関係でストレスを溜めていて疲れているので、今の部署じゃないほうがいいような気がする。これが正しい判断なのかよく分からない。

 

10月29日

 昨晩、インターネットでうつ病関係の資料を探していた。果たしてうつ状態にある人が職場異動するのが正しいのかどうか。結果は正しいとも間違いともいえるとしかいいようがなかった。ただ検索中、なんと自分のサイトが出てきて、そこには「職場異動の結果うつ状態になっているのだからそこから離れる事が最大の治療になる」と書いてあった。何のことはない、自分の中に回答があったようなものだ。

 睡眠は相変わらず風邪のせいで断続的に中断される。それでも風邪薬の効果が出てきているのか前日よりは楽だった。また、朝起きたとき、とても寒かったが天気はいいので気分がいいことに気づいた。太陽の光に当たると調子がよくなりがちなことに最近気づいた。

 会社に行くと、「今日はごみ当番の日だよ」と M さんに言われた。他のごみ当番の人は出かけていていないし、月曜にしようかと思ったが、特にしなければならない仕事もなかったのでゴミ捨てをのんびり行い、午前中は過ごした。

 昼からはわざわざ前日行った業務成果の面談を課全体で行うために茅ヶ崎の保養所まで出かけた。特に他メンバーの成果を聞いていても「へー、こんなことやっているんだ」ぐらいの感覚しかない。午後の大半はぼーっとして過ごしていた。ただ自分の発表の時にはやはり病気のせいだろう、自信なさげな声でどもりながら説明していた。そして、それを受けて F 課長が困ったことに次の課題を出してきてしまった。一瞬心の動揺と「そんな課題出来ない」という思いを抱いた。それからはそのことに心が囚われてしまった。しかし、時間が経つにつれて、「まあ出来なくてもいいや。」という開き直りのような気分が湧き上がってきた。考えるとかなり難しい課題だと思うし、出来たらすごいものだなという考えにいたっていた。

 会議の後の飲み会は、昨日散々うつ病の症状について F 課長に説明したせいか、無理強いはされなかった。でもうつ病患者が組織責任者に「うつ病とは何か」を説明するなんてなんか変だ。こんな組織責任者は本当はいらないと思う。

 帰りは久しぶりに贅沢な食事をしようと思って近所の駅近くにあるとんかつ屋に入った。父の遺伝を受け継いでいるのか、僕にとってとんかつを食べるというのはとても贅沢で幸せな行為なのである。

 

10月30日

 昨晩は寝るのが少し遅くなってしまった。その後のことはよく覚えていない。多分恒例の睡眠障害が起きなかったのだろう。消し忘れていたラジオの目覚ましタイマーで 7 時に目覚めるも、再び寝に入ってしまい、結局起きたのは10時だった。眠剤の効果に風邪薬の影響がでているのだろう。

 天気予報の予想通り外は雨が降っていた。今日も家から出たくなくなる。洗濯はしたものの洗濯物も乾かない。寒いし、普通の状態でも行動するのが億劫になる。

 そんな状態でも今日は映画の DVD を観ることができた。まあ以前にも見たことがある作品だった(恒例のスタートレック物)ので英語字幕だけでも楽なはずだが、それでも気分が落ちているときは観れないものである。今日は睡眠が十分だったからなのだろう。英語字幕も割と理解できた。

 そうはいいつつも映画を観ている途中、時々昨日の業務課題のことが心に浮かんできてしまう。純粋に映画に没頭しきれない自分がそこにいた。何かひとつの事に考えがとらわれてしまっているようである。これもうつ病特有の症状らしい。

 その後は Web サイトを作成したりして過ごした。映画のレビューを書くのは難しい。洗濯物は結局乾燥機で乾燥させてしまった。夕食は昨晩のうちに買っておいたニシンを塩焼きにして食べた。焼くだけとはいえ料理する気力があるのだから今日はマシなほうだったのだろう。もっともどこにも出たくないという無気力のほうが強かったのかもしれないが。

 

10月31日

 昨晩はまたしばしば半覚醒状態になっていたようである。風邪薬の服用をやめたことも影響しているのかもしれない。風邪薬にも睡眠薬が入っているのだから。半覚醒時、雨が窓に当たる音が気になった。深夜かなりの量の雨が降っていたようである。今月の雨量は平年の 4 倍だそうで、深夜雨が窓に当たる音が気になることが多かったような気がする。また、3 時ごろにはトイレにも起きた。夢も見た。また家族の夢だ。最近家族の夢を見ることが多い。一人暮らしでさびしさが堪えているのだろう。それでも平日に比べると朝の気分は悪くない。休日ということが心理的にも影響しているのだと思うが、9 時近くに「もう少し寝ていたいな」と思いつつ起床した。

 今朝も天気はよくないが昨日ほど寒くはない。今日も小物を洗濯した。今日は乾くだろう。昨日出来なかった(というかする気のなかった)部屋の掃除も出来た。部屋の埃がきれいになって気分がいい。

 昼は買い物と昼食に出かけた。また掲示板に載っていたいまいち評判のよくない別のラーメン屋に行ってみる。今回はちょっと外れだった。夕食はどうしようかと考えたが、惣菜買うより簡単な炒め物をしようと考え、キャベツとポークステーキを購入した。やはり少しは気力が出ているようだ。

 帰ってきてからは「新スタートレック」を鑑賞。今日は観ていても苦痛にならない。あっという間に 1 エピソード見終わってしまった。その後は PC の iTunes で MP3 データを聴いていたりして過ごした。珍しく音楽が聴きたくなったのである。適当に聴きたい曲を選曲して聴く。

 夕方、電話が鳴った。うちにかかってくる電話というと間違い電話か変な勧誘電話ぐらいしかないので誰だろうと思っていたら母からだった。来週、父と一緒に中国に旅行に行ってくるらしい。「いいな。」とおもわず思ってしまった。もちろん今の体調では旅行は出来ないけど、ちゃんとうつ病が治ったらまた旅行に行きたいな、と思う。沖縄でも、アジアのどこかでも。それと、家族の声を聴けたのは少し嬉しかった。

 しばらくして2本電話が入ってきた。2本ともマンション購入の勧誘電話だった。今の混沌とした会社の状況ではマンション購入など考えられないから丁重にお断りした。自分の将来がもう少し確定すればマンションの購入も考えたいのだが...。