うつ病日記2004年3月~6月分

2004年3月15日

 上司に呼び出され、打ち合わせコーナーに行くと職場異動の発表があった。以前いた、製品を扱う営業部門への異動である。つまり出戻りである。今までは商務で営業 IT の推進を担当していてそれなりにやりがいがあったのに。以前いた営業職場では誰も何も助けてくれないため辛いことが多く、今となっては「貴重な 20 代を無駄にした」という意識が強い。しかも上司は自分がとても苦手とする H 部長である。この人、体育会系の人特有の性格を持っていて、やたらと自分の役職権限を部下に押し付けてくる人である。一見するとやり手の人だが実際はその場しのぎの考えしかないため、この人の施策がうまく行ったことなんかないような気がする。運良く市況や社内のごたごたのおかげでいい立場にい続けているようだが。2 重の意味でショックを受ける。

 

3月某日

 組合の執行委員と話をしていて職場の対話会を実施する予定がない、という話に意見をする。組合的には営業部門の異動はほとんどないと捕らえているみたいなので、「そんなことはない。きちんとやらないと組合員の不満が爆発するぞ」と警告を発し対話会の実施をうながす。ところがそのためにその対話会に組合側として出席する羽目になってしまった。僕のほうが言いたいこといろいろあるのに。

 

3月某日

 その組合対話会を二日かけて実施する。それでも実施できたのはごく一部の人たちだけである。誰もが先行きを不安視し、組合側に対応を求めてくる。話をしているだけで心が重くなってくる。

 自分の番のときは、一緒にいた W さんが好き勝手にどんどんしゃべるので自分の出番がなくなってしまう。「手前、いい加減にしろ!!!」と心の中で毒づいていた。

 

3月29日

 H 部長、直属の上司である F 課長、I 課長、W さんと、4 月からの業務分担についての説明。動機付けも何もなく、只「こういう仕事をやってくれ」とだけ。全く納得できない。それに非常にあいまいである。Wさんも納得できないらしく意見を言ったところ、H 部長がいつものごとく切れた。結局 W さんも丸め込まれたようである。先が思いやられる。

 

3月某日

 作業をしている最中、「がちゃん(本名呼び捨てで)、ちょっと」と H 部長から。非常に不愉快な気分で H 部長の下に赴く。この人の「ちょっと」ちょっとどころか 30 - 1 時間もかかるので溜まったものではない。話を聞くと何か既に F, I 両課長と話を詰めている最中の件に組み込もうとしてる様だ。話を聞いても何をしたいのかさっぱり理解できない。大体僕をどうしたいのか、職場の業務の方向性はどちらで、それに対する位置づけがどうなのが、未だ説明すらない。つい「いったい会社は僕に何を期待しているんですか?」と聞いてしまう。H 部長がいろいろ回答してくるがこれまた不明瞭で、余計腹が立ってくる。ここで、Web 関係の業務をメインにしていく、ということを H 部長以下に認識させる。

 

4月某日

 新職場での飲み会。あまり行きたくもないが一応最初ということで顔は出す。話も面白くないし、タバコの煙が臭くてつらい。H 部長の「がちゃんはまだ結婚していないんだ。」がいつもの飲み会の席と同様飛び出してくる。うるさい、人が独身だろうとなんだろうと関係ないだろう。一種のセクシャル・ハラスメントじゃないのか? 二次会は「体調不調」を理由にして(実際一次会もあまり飲めなかったしすぐに酔いが回ってしまっていた)先に家に帰る。

 

4月某日

 社内で仲のいい畠山さんと K さんとで飲みに行く。思いっきり愚痴を言ってしまう。それでも気分はすっきりしない。

 

4月某日

 業務で付き合いのある CS の I さんといろいろ話していると、CS でも PC のスキルのある人が少ないため「 CS に来ない ? 」と誘ってくれた。その後その上司の G 課長と面接。G 課長も「もし来る気あるのならいいよ。」といってくれる。「ただし、PC の運用だけだと勿体無いから海外のサービスも担当してほしい」とも付け加えるのも忘れなかった。英語のできる人が少ないので TOEIC の点がそこそこ高い僕に期待しているらしい。一瞬気が遠くなるが、冷静に考えてみると面白い業務かもしれない。

 

4月某日

 その 2 日後にまたまた飲みに行き、また愚痴を吐き出す。ほんの少しだけ気分がよくなる。とはいっても根本的には何も解決していない。

 

4月15日

 いつもの組合定例連絡会で「 HR 改革」という名称のリストラ策が会社側から提出されていることを知る。前々から自分のいる社内分社は売上や利益に対して人が多すぎる(特に 40 歳以上の高年齢層が多い)、と言われてきて昨年末( 2003 年 12 月頃)にはとある業者さんから「リストラやるみたいですよ」という情報も得ていたが、まさかこんな早く打ち出してくるとは驚きだった。もちろん名目上はリストラではなく、人材のスキル向上をメインに打ち出していたが、結局は人減らしが目的のようである。内心大いにショックを受け、落ち込む。

 

4月16日

 自分の所属する事業部の方針発表会。誰がつくったか知れないが例年と変わらない構成に飽き飽きする。まず現状分析を踏まえ、その反省に立ってから今年度の方針を立てるべきなのではないのか? 今回の職場異からこっち、過去 1 年間何が悪かったのかがまるで総括できていない。余計「どうしたいんだよ」といらついてくる。

 その後決起大会があったが、実家の事情を理由に欠席する。実際その後真っ直ぐ実家に帰ったのだが。

 

4月17日

 弟が入籍をするということで、両親と仙台へ。両親は相手の方や、そのご両親とお会いしているとのことだが、僕だけ会ったこともないので内心不安だった。だが、お会いしているといいご家族のようで、アルコールの手助けも手伝って話が弾んでしまった。弟が落ち着いたことで嬉しい反面、何か取り残されたようなさびしい想いを感じる。

 

4月19日

 自分の所属する部門の方針発表の案内を社内に流す。簡単に日時と場所の案内を流したところ、H 部長と、H 部長と仲のいいアル中の T 課長から猛烈に怒られる。「大切な方針発表の案内を簡潔にするな。」ということらしい。とても不機嫌になる。

 

4月某日

 何かの折にH部長がまた方針発表の案内の不手際を責めだす。まるでリストラ予備軍になった気分。自宅の PC でリストラ対象にされたときの対処法を勉強しだす。

 

4月某日

 どうもここ最近午前中頭がボーっとして、何も出来ない感じが続く。午後になると目が覚めてくる感じである。また、明け方 4 時半だとか 5 時半だとかに目覚めてしまう。ストレスが溜まっているのだろうか。

 

4月26日

 所属する部門の方針発表。他部署の方は別の部門の方針発表と時間がぶつかっていたのでほとんど出席がなかった。内容はだらだら長いが、どうしたいのかやっぱり不明確。大体この部署、今回の組織変更でいろいろな部署がくっついて出来ているためにいびつさが目立つ。一部他部署の方からは「この部署いらないのではないか」と言われているらしい。自分も思わず同意してしまう。

 

4月29日

 本日からゴールデンウィーク。とはいっても組合のメーデーに参加しなければならないため、みなとみらい地区に赴く。朝からビールを飲み続ける。そのせいか午後の早い時間に疲れてしまい、あまり寄り道もせずに自宅に帰る。

 

5月1日

 友人と飲み会。いろいろ話して憂さを晴らすが、どうも体調不良っぽい。いまいち気分がすっきりしないまま。

 

5月3日

 上野で開催されている「スターウォーズ」展を観にいく。どうにも気力が沸かないが、GW 中に観にいかないと多分二度と観にいくことはないだろうと思い、無理して出かける。しかし観ていても今ひとつ興味が沸かない。なんか疲れてしまう。午後から久しぶりに神田の本屋街に行って本をいろいろ探す。この時間になるとなんだか心が落ち着いてくるのを感じる。

 

5月7日

 社内の「米国会計基準監査」の説明会に出席する。GW 前に H 部長に指示されたためであるが、参加してみると、出席者は自分以外全員部課長クラスだった。説明を聞いてみても係長クラスの自分が対応する話ではない。部課長が意識して対応しなければならない内容だった。

 説明会終了後、H 部長に内容を説明し、F, I 両課長に動いていただこうと話をし始めるが、人の話をきちんと聞こうともせず、「検印はするからお前がやれ」と一言。「これは部課長が率先して行わなければならない内容ですから」と再度説明しようとすると「俺は一日 100 件もメールが来ているんだ。対応なんか出来る訳ないだろう。お前がやれ。」と段々高圧的な言い方になってくる。「お前に死ぬほど仕事をやろうか」とまるでパワーハラスメントのような物言いまで出てきた。さらにここからまた先日の方針会議のメールの件をもち立ち僕を責め始めた。相当精神的にダメージを受けるが最後まで僕も譲らず、結局業務は引き受けなかった。

 その後相当落ち込み、胃まで痛くなってきた。昔、派遣社員の運用方法をめぐってH部長と衝突したとき(そのときは課長だったが)と同じ状態である。PC で仕事をしている振りをしながら我慢をする。

 家に帰りやけ酒を飲むが当然すっきりするはずもなく、睡眠も取れなかった。

 

5月9日

 気分が落ち込んでいるし睡眠不足だったが、無理して川崎大師まで足を伸ばし、お参りをしてくる。10 年に一度しか発行されないお守り「赤札」を入手するが、気分が高揚することはなかった。(もっとも期待していた赤札のあまりの小ささに拍子抜けしたせいもあるが)

 

5月10日

 相変わらず気分が落ち込んだままだったが、佐野元春のビデオクリップの撮影に出かける。撮影終了後、ファンの方々と話をしていることで楽しいひと時を過ごせ、そのときは精神状態もいい感じだったが、彼らと別れた瞬間、なんともいえない不安感と疲れが出てきた。

 

5月12日

 販売会社の人と Web に関しての会議。メンバーは顔なじみだし、気心知れているのにもかかわらず会議の途中、突然なんともいえない不安感に襲われる。5/7 以降睡眠は満足に取れないし、集中力はゼロ、午前中は頭が働かず夕方になると冴えてくる、といった症状が毎日続き、さすがに「まずい状態になっているのでは」と思い始める。

 自宅で Web 上のうつ病診断テストのサイトに行ってみてチェックすると明らかにうつ病の傾向が表れている。さすがにこれ以上我慢できないので、精神病院にいくことを決意する。

 

5月13日

 インターネットで評判のよさそうな「風メンタルクリニック」に TEL をし、症状を伝え診察の予約を入れる。混んでいるらしく平日の診察になってしまったが年休消化をしないといけないので構わずその日にしてもらう。

 

5月15-16日

 土日だが食料の買出しと、簡単な部屋の掃除をした以外は何もしなかった。好きな映画の DVD も観る意欲がない。ただ一日ごろごろ寝ていただけだった。

 

5月19日

 あいにくの雨。夕方までボーっとし、それから病院に行く。入口が分かりづらく、一瞬戸惑う。多分周囲の変な好奇心に配慮してのことだろう。内部は落ち着いた雰囲気の内装で安心感を感じる。

 自分の番が来て先生とカウンセリング。自分が気づいていることを出来るだけ客観的にもらさず話す。その後インターネットの Web サイトと同じようなテストを行う。結果はやはり軽〜中程度のうつ病だった。先生いわく「当面は薬で症状の軽減を図りますが、原因が職場環境にあるのですから職場異動されるのが最大の治療になります」とのことだった。このとき CS への異動を本気で考え始める。

 とりあえず一週間分の薬を出され、様子を見てみることになる。出された薬はドグマチールという薬とワイパックスという薬でそれぞれ朝晩の 2 回服用、それと名称は忘れたが一種の軽い睡眠薬を処方された。

 

5月某日

 薬のせいか、少し精神が落ち着いてきた気がする。運のいいことに H 部長とかかわりあう機会がなかったのでそのせいもあったのかもしれない。そう入っても相変わらず集中力は続かないし、夕方にあるとなんともいえない不安感が襲ってくる。また、睡眠障害も続いていて、毎朝 4 時半か 5 時半に目覚めてしまい、その後また寝るものの朝がすっきりと起きれない状況が続いてしまう。

 

5月某日

 佐野元春が長年在籍した EPIC レコードを離れ、新レーベルを設立する、というニュースが飛び込んできた。これには勇気付けられた。見方を変えれば EPIC からリストラされた様な物だし、それでも前向きに歩いていこうとする姿勢には共感が持てた。僕にもそのような勇気があったら...、と思わずにはいられなかった。

 

5月29日

 2 回目の診察。最初の一週間の状況をカウンセリングされる。その結果ドグマチールとワイパックスの量が増やされ、1 日 3 回の服用に変更になる。

 

6月1日

 都内に出張。とある企業のプライベートセミナーを聴きに行ったのだが、当初午前中だけのつもりだったのが結局一日中そこにいる羽目に。やはりこういう状態になると不安感が現れてくるのと、疲れが出てくる。まだまだ完治には程遠いようだ。

 

6月某日

 「米国会計基準監査」の調査はどうなりました? と経理から問い合わせがきたので H 部長に依頼しなおした旨告げる。経理は後刻H部長に話に行ったようだが、なんと H 部長はこの件のことを覚えていないようだ。その後何も言ってこないのでほっておく。

 

6月5日

 3 回目の診察。相変わらず睡眠障害は続いていることを告げると、睡眠薬が前のより多少強力なユーロジンという薬に変わった。しかし、少しずつ気力が戻ってきている感覚は感じる。集中力は続かないが何とか映画を観ようという気力が戻っているように感じる。「スタートレック・エンタープライズ」の日本語吹替え版ぐらいはなんとか見れるようになって来た。

 

6月6日

 韓国旅行でお世話になった、山野さんが参加するゴスペルグループのコンサートを観にいく。病気のせいで気力が今ひとつだったが行ってみると結構楽しめた。時間が夕方だったのも幸いしていたのかもしれない。

 

6月11日

 H 部長と「 HR 改革」についての説明と面談。「お前は周りとのコミュニケーションがよくない」というので、「今の部署だと合わないですね。出来るなら異動させていただきたい。」とはっきり申し出る。この先どうなるかは知らないが、とりあえず言うべきことは言った気分。

 

6月12日

 4 回目の通院。少し症状がよくなったみたいで、次の診察日が 2 週間後になる。しかし薬局で 2 週間分の薬をもらうと大量なのに驚く。

 

6月13日

 DVD の観賞。5 月末辺りに無理して観た「リロ&スティッチ」なんかは今ひとつ面白い気がしてこなかったが、今回観た「パニック・ルーム」は面白く感じた。

 

6月19日

 久しぶりに軽くサイクリング。ほんの 1 時間ほど、15 km 程度しか走行しなかったが結構疲れた。やはり体力も落ちているのかもしれない。その割に食欲は落ちないのがなんとも。もっとも食欲があるだけましかもしれない。昼食を外食にしたところ、どこかで薬を落としたらしく、飲み損ねてしまう。ちょっと不安。

 

6月21日

 F 課長と今年 1 年間の業務方向についての面談。この席でも職場異動を申し出る。そのとき自分が病気である旨も申し添えておく。また、この方向性についての書類の中にも「異動希望」の一文を入れておく。もうこれで自分にできることはなくなった。あとは神のみぞ知る、というところか。がとにかく今の職場はいづらい。周囲の人もいやだし、物理的環境も全く日の当たらないところなのでまるで一日中夜のような気分で不愉快だ。

 

6月25日

 W さんが僕に仕事の依頼をしてくるが、いやなものを感じ取った僕はその仕事を拒否してしまった。結果的には正しいことだと思うが気分的にはいいものではない。そうは言ってもこれまでなんでもかんでも人の依頼を断れずに受けてしまった結果、つらい目にあってしまっている以上、いやな奴と思われようが仕事はセーブしないといけないと思うし、自分の将来を考えても自分のコアをはっきりさせておく必要があるだろう。

 会社の定期健康診断だったので、今の状況を素直に告げる。結果翌週会社の診療士の方と面接することとなった。

 今日は給料日で定時退社の日だったので、17 時半の定時が過ぎたらとっとと会社を後にした。ほとんどの人はだらだら会社にいたり仕事したりしているようである。せっかくの権利を自ら放棄するようなことばかりしているから会社に付け込まれてリストラのような動きが出てきてしまう、ということに気づかないのだろうか。

 

6月26日

 何か一週間疲れたせいか、久しぶりにぐっすり眠れた。前日 23 時にベッドに入り、6 時ごろに一度目覚めたもののまた寝てしまい、気づいたら 9 時であった。いい兆候かもしれない。

 夕方 2 週間ぶりの通院。病院に入ると、結構な数の患者さんが待合室にいて、ちょっと驚く。やはり心を患っている人は多いのかもしれない。結局この日は診察まで 20 分近く待たされることとなってしまった。

 

6月27日

 逆に昨晩は熟睡できない上にいやな夢のせいで気分が落ち込んだ状態で起きる破目となってしまった。僕が会社で何かの書類を他人に配っていると、H 部長が何かの書類に検印をしたいらしく、僕のことを「検印 !! 」と呼ぶのである。しかし、僕はその検印は急ぐものではないはずなので(つまりその書類の内容をよく理解しているらしい。しかもその検印すべき書類は僕の関係するものではないのだ。)無視して書類配りを続けていると、H 部長はしつこく「検印 !! 検印 !! 」と言い続けるのである。それは病的なほどであった。その後僕が書類配りを終わり、トコトコと草原のほうに(?なぜ草原なのかは不明だが)歩いていくと、ようやく部長の声が聞こえなくなる、という内容であった。

そのせいで昼に観ようと思った「マイノリティ・レポート」にハマることができず、そのまま昼寝に入ってしまった。もっとも昼寝が効いたみたいで夕方にはいろいろ意欲が沸いてきているのだが。

 

6月28日

 前日に引き続き睡眠が浅く、奇妙な夢を見る。こういうときは何か朝から疲れてしまう。昼はまずまず仕事が出来るが、17 時を過ぎる辺りから疲れてきて家に帰りたくなってくる。定時後はなんとなく親しい元の部署のおじさんとかと話をしながら時間を過ごし、19 時に退社。周りはまだまだ仕事しているが構うものか。家にたどり着くとほっとする。

 

6月30日

 本日は、会社の診療士の方と面談。現在の状況を話すと驚かれる。既に通院していて異動のための動きまでしている状態で、会社の診療士と面談する人なんかいないそうだ。とはいってもいざという時の保険として会社の診療士に話しておくのも必要と思うのでこれでよかったのだと思う。

 前日から、社内の情報セキュリティ対策として社内の共通資料や個人資料の洗い出しを始めるが、どこに何があるかよく分からない上に根を詰める単調な業務な為、とても疲れる。多分どの職場も完璧な洗い出しなど出来ないだろうから、ある程度のところでもとりあえずは問題ないと思うが、今の状況でこういう仕事はつらい。相変わらず睡眠に不満な状態でなんか気力も続かない。午後にグリップハンドの小山さんが顔を見せに来たのでとっとと午後の休憩に入る。