うつ病日記2005年3月分

3月1日

 今朝は 6 時半に目覚めた。それまで変に目覚めることはなかったと思う。ただ、今日は都内出張の為、7 時半に起きればよかったので、少々早起きになってしまっている。どういう姿勢で寝ていたか分からないけど、背中が痛い。背中が痛いせいで再度寝ようとしてもうとうととしか寝られなかった。

 今日はお台場で展示会の設営手伝いである。いつの間にか展示会にずっぽりとハマってしまっている。唯一救いなのは説明員にされなかったことだろう。これは本当に辛い。

 今日も一日中立ち仕事のためひどく疲れる。足腰が段々痛くなってくる。しかも午後になると段々手伝う仕事もなくなってくるから余計に疲れる。

 それでも夕方、会社のお偉方の視察が終わるまでは帰れないし、夜は新しい課での決起大会を行うというから余計に帰れない。それでも昨日のように抑うつ感を感じていないこともあって精神的には大丈夫かな、という気はしていた。

 新しい課の決起大会は、結局前いた課も合流した只の飲み会となってしまい、相変わらず騒がしい。今日も酒は飲まずウーロン茶と食べることに専念した。酒を飲まないようにすることで疲労を軽くしようという考えである。今日は平日ということもあって 2 時間で飲み会は終了したので何とか無事だった。

 それでも家に着いたら 22 時半。家帰ってきてゆとりがないのはちょっといやだな、と思う。ゆとりを持とうすると睡眠時間は減ってしまうし、なかなかうまくいかないものである。

 

3月2日

 昨晩寝たのは 23 時 40 分。いつもより少々遅い。そのせいか、眠りが浅くなることもなく、ラジオのタイマーで目覚めた。眠くてしょうがないが、その一方でトイレにも行きたくてしょうがない。昨日の疲れは特に残っていないようだ。眠気がある以外は。

 新しい職場への初出勤ということであるがいつもの時間に家を出る。会社に着くと一人だけ出社していた。

 定時の 9 時近くになって皆ぞろぞろ出社してくる。営業部門より出社時間は遅めのようだ。

 午前中は昨日のメールの処理だとか、統計処理(変なタイミングで異動したので仕事の引継ぎがうまくいっていないのだ)で終わってしまった。メールの一つに社員の方の死去の案内が入っていた。歳も近い。何となく生きることについて考えてしまう。

 新しい職場はセキュリティが厳しく、IC カードをいちいちセンサーにかざさないと入れないので面倒くさい。トイレに行くのですら IC カードは欠かせない。また、職場の位置は窓に近いから明るいはずなのだが、ブラインドをしているため思ったほど明るさを感じない。下手すると前の職場より暗めかも知れない。

 午後は Web サイトのまとめ資料を作ってみたが、どうも自分がやる仕事が見えてこない。イメージがわかないのである。もう一度 T 課長に相談してみるが、それでも今一の感じを持ってしまう。そうすると心の中に不安感が芽生えてきた。今回の不安感の原因は分かっているから強くはないものの、すっかり自分に対して自信がなくなっているものだから、不安感で何となく頭の中の思考能力が落ちてくる。うつ病の厄介なところである。

 夕方は組合の連絡会に出席した。職場異動はしたものの、前の職場の子会社出向の話があるので、しばらくは面倒を見る羽目になりそうである。やむを得ないだろう。

 今日も帰宅はいつものように 19 時に退社した。何となく不安感を抱えたまま、家路に着いた。

 

3月3日

 昨晩、シャワーを浴びた後、「亡国のイージス」を読もうとしたが、何か疲れが出てきて起きていられなかった。TV の天気予報では、週末は雪だと言っている。23 時になる前にベッドにもぐりこむと早々に寝てしまった。

 今朝の起床時間は 6 時 45 分。目覚ましの鳴る 5 分前だった。起きたとき、今朝もまた軽い憂鬱な気分だった。月曜に続いて今週は 2 回目である。原因はよく分からない。なぜか足も筋肉痛になっていた。

 それでも会社に行く。会社に着くと、当然誰もいない。PC を立上げメールを読んでいると、T 課長も出張のようで今日は誰もいないようだ。また T 課長からは昨日の相談に対して、定型フォーマットを送ってきていた。これを埋めることで課題点等を明らかにしていこうということであろう。

 そこで今日は一日その資料を使って課題点の抽出を考えたりしていた。しかし、まだ長時間の思考には耐えられないようで、午後になると、何も考えが浮かばなくなってくる。

 それでも昼休みは軽い昼寝をして脳の休息を図ったのであるが、午後になると何となく疲れが出てくる。

 夕刻は、前の職場での組合の職場会を実施した。自分の異動もしんどいが、前の職場は子会社出向だからこちらもしんどいよな、と改めて思う。

 前の部署の周りの人たちは、みんな人の顔を見ると「職場異動になって気分転換になった?」と聞くが、正直よく分からない。確かに気分は少し変わっているのだが、新しい職場に慣れるまでのストレスもあるし、新しい仕事がかなりハードル高そうなので、これも別の意味でストレスがかかり始めている。結局一つのストレスから開放されても別のストレスがかかるだけで、そう簡単にはうつ病回復にはならないような気はする。まあとにかく無理しない程度に頑張るしかない。

 

3月4日

 昨晩はかなり早めに会社を退社し、帰宅後のんびりとした。早めに PC を消し、TV も消して「亡国のイージス」の続きを読んでいた。静けさが僕を包んでいた。

 当然就寝時間も早めだった。昨晩の睡眠の質は今ひとつで、明け方しばしば眠りが浅くなった。

 目が覚めたとき、わずかな憂鬱感があった。時計に目をやると、まだ 5 時 45 分。まだ 1 時間は寝られると、少し嬉しくなった。何となくトイレに行きたかったので、一度ベッドから離れる。トイレに行き再びベッドに入るがまた体が痛くて寝つきはよくなかった。

 いつもの時間に起きてカーテンを開けると、天気予報通り雪が降っていた。寒くてしょうがないが、一面の銀世界に一瞬の間、心が洗われる気持ちになる。

 会社に着いて、T 課長から送られてきた定型フォーマットに記入をし、T 課長に返信する。そこでいろいろ説明をし、また資料を作ることになった。午前中はまずまずの状態だったが、次々に資料作成の依頼が来ると一瞬パニックに陥ってしまう。

 技術部門では昼休みになってもなかなか食事に行かない。結果昼休みが短くなってしまう。あまりこういうのは好きではないが、部門のやり方に慣れるしかないだろう。

 午後は午前中に依頼された書類を作成し、再び T 課長に提出すると、更に次の書類作成の話が来た。もちろんそれは僕の 2005 年度の仕事を明確化するためのものなのだが、頭の回転が未だよくないのと、午後になると疲れて来ることもあって、今度はアイデアが浮かばなくなってきた。

 そうでなくても今日は昼頃から「家に帰りたいな。」いう気分が渦巻いていた。

 資料作成のアイデアが浮かばないので、途中別のことをしながら、アイデアが浮かんでくるのをまったが、結局今日は駄目だった。

 技術部門は帰宅時間のデフォルトが遅いと聞いていたが、本当のようで僕が 19 時に会社を退社するのは相当早いみたいである。とは言ってもまだ無理するには少し早いような気がするし、仕事のアイデアが浮かんでこないなら、早く帰るしかないと思う。もしうつ病が完治して無理をするようになっても 20 時退社が限度のような気がする。それ以上仕事すると脳の疲労が次の日に残りそうな気がする。

 

3月5日

 昨晩はいつものように 23 時にベッドに入ったが、脳が少し興奮していたせいか寝つきが少々悪かった。寝る前に「亡国のイージス」を読んで興奮したせいもあるかもしれない。

 今朝の最初の起床時間は 7 時 16 分頃。何となくさわやかな気分ではなかった。憂鬱な気分にまでは至っていないが、どうも気分的にはすっきりしない。再度寝て 9 時に起きたが、その気分は変わらなかった。

 今朝も体が痛い。ひじの硬直といい、どういう姿勢で寝ているのだろう。ここの所ずっとである。それでも朝食を食べ、いつものように薬を飲み、掃除と洗濯をした。体を動かしていると少し気分がマシになってくる。

 午前中はWebサーフィンをする気もなく、といって自転車に乗りに行く気もなかったのでホットカーペットをつけて「亡国のイージス」を読み終わった。ラストは思わず目頭が熱くなった。

 昼は面倒だったのでカップラーメンとお餅で済ませた。その後も今ひとつやる気が起きなかったが、少し外に出ないと気分が鬱屈していくだけだと思い、近くのコンビニに飲み物を買いに出かけた。風は冷たかったが、外を少しぶらぶら歩くだけでも気分が変わってくる。

 夕方はいつものように病院へ通院である。ここ 2 週間の状況を話す。今回も薬の変更はなし。しかし、いろいろ不調を訴える僕に対し、医師は「もし気力が続かないなどの症状が続くようなら薬の変更とかもありますから。」と言ってくれる。また「月に一度上司に体調の報告をした方が良いかと思います。」とも言ってくれた。とはいえなかなか話しても理解してもらえないのが実態だけど。

 夕方なぜか気力が低下し、少し眠気が出てきた。最近コーヒーなどのカフェインを取っていないな、と思いたつ。いつの間にかカフェイン中毒になりかけていたのかもしれない。少し気力を出して洗濯物のアイロン掛けを行なう。

 夕食時、いつもは飲むのを控えている焼酎をコップ 1/3 ほど飲んだ。なんだか飲まずにはいられない気分だったから。気力も低下し、落ち着きがない状態だった。それでも御飯はそれなりに美味しく食べられた。納豆が特に美味しかった。アルコールのお陰で体は温まり、少し落ち着いたようだ。

 

3月6日

 昨晩アルコールを少々多めに飲んだせいか、21 時過ぎには何となくベッドにもぐ込みたくなった。部屋着のままベッドにもぐりこむとそのままうとうと寝てしまう。なんとも心地よく幸せな気分だった。

 1 時間ほど寝てから目覚めるが、風呂に入ろうという意欲もなかったので、歯だけ磨いて寝巻きに着替えそのまま再度就寝に入った。

 今朝は 6 時に目が覚めた。今日も背中が痛くて目が覚めたようなものである。なんだか長時間寝すぎたときの床ずれのような痛みだったが、そのせいでその後はあまり熟睡できなかった。お陰で朝の機嫌が悪かった。

 起きてからしばらくすると痛みが軽くなってくる。いつもの週末にしては早めの朝食を取り、薬を飲む。

 薬を飲んだ後、なんだかまたベッドにもぐり込みたくなった。また 1 時間程うとうと眠る。何かをしようという意欲が弱いようだ。背中の痛みはかなり減ったので寝やすかった。

 寒い中買い物に行き、ゲームセンターで少し気分転換をしようと思うが今ひとつ。楽しいと思わない。ちょっとダウナーな状態のようである。

 昼は寒いので温かい蕎麦を作った。乾麺を茹でるだけなのでそんなに手間はかからない。昼食後もやはり何もしたくないのでベッドにもぐ込んでまどろんでいた。こういうときは自分の気持ちに逆らわないほうが吉である。気温が低いせいも活動的にならない理由の一つかもしれない。

 午後にはいつものようにコーヒーを飲む。ようやく目が覚めてきて、多少意欲が涌いてくる。エアコンを入れて部屋を温め始めたのも幸いしているかもしれない。気がつくと雲の隙間から夕日も差し込んできた。何となくゆったりした気分になる。ようやく「スタートレック」だけは観る気分になってきた。熱中していたわけでもないが観る事は出来た。

 夕食はお刺身と、きゅうり、シュウマイを食べた。あまり美味しいと思わなかった。運動しないで寝てばかりだからお腹も減っていなかったこともあるだろうが、お刺身の質は悪いものじゃないし、やはり多少抑うつ気分がでているのかな、と思った。

 

3月7日

 昨晩寝に入るとき、また悲観的な考えが頭の中に浮かんできた。「会社に行きたくない。」そんな思いが頭を渦巻いていた。それでもさほど時間もかからずに眠りについたのだが、思いっきり生々しく悲観的な夢を見てしまい、真夜中の 2 時に目が覚めてしまった。このままじゃ駄目だと思い、医者から処方されていたのだが今まで飲んでいなかったデパスを飲んで再び寝た。今度は変な夢を見ることもなかった。

 それでも朝の気分はよくない。天気はいいのだが、さわやかな気分にどうしてもなれない。それでも体は動くので会社に行った。

 午前中から来年度何の仕事をやるかまとめていたのだが、どうも T 課長と話をしているとまとめている内容と食い違ってくる。先週に引き続きまたしつこく仕事の相談をするが、まだ脳の回復が至っていないのか、どうしても何の仕事が僕のやる仕事なのか見えてこない。明日以降部長も出社してくるからもう一度話をしないといけないようだ。しかし、話をしているうちに、なんだか当初僕が思い描いていた仕事と食い違ってきているような気がする。僕は単に Web の仕事がしたいだけなのに、どうも職場の雰囲気だと、物の販売に Web が少し絡むだけになりそうな感じである。商品知識がないので、また不安感がむくむくわきあがってくる。

 昼食も食欲がないのでうどんといなり寿司という食べやすい料理にした。昨日蕎麦を食べたから今日はうどんにした。

 前述の T 課長への相談は夕方行なったのだが、それ以降、なんだか胃がむかむかしてきた。それ以前に会社に着いたときから腰に何となく痛みを感じていた。どうも新しい職場で相当のストレスを感じているみたいである。この土日の不調もその反動のような気がしてきた。

 今日も 19 時に退社。当然そんな時間に退社する人は他にはいない。しかし、無理すればうつが悪化するだけである。誰かが Web 上で言っていた。「うつとけんかすれば絶対負ける。」と。

 

3月8日

 昨晩夜中に意識が戻った。何時か確認しようとして止めた。目を開けない方がいいと思った。

 朝の目覚めは今日もよくない。腰と背中の痛みもある。完全にストレスに入ってしまっているようである。

 会社に行っても午前中は頭がぼーっとしていてきちんと回転しないし、なぜか胃がむかむかする。機能も少し胃がむかついていたように思うが、今日はもう少しむかつきが強かった。

 昼前に M 部長を交え、仕事の内容についてのレクチャーを受けるが、余計に分からなくなってきた。頭の思考力が低下しているためにまったく先が見えなくなってしまった。ますます気分的に滅入ってくる。

 昼御飯も食欲がわかないのでカレーにサラダというなんだか流し込みやすいものにした。朝食に食欲がわかないのは前々からだが、昼食の食欲のわかなさはかなり気になる。もっとも会社の食堂が美味しくないというのは一部関係あるのだが。

 午後も頭の回転はせず、考えが浮かばない。堂々巡りをするばかりである。それでも何とか気力を出して何人かの人にいろいろ質問をしたりした。

 夕方になると気分だけは少し穏やかになってくる。その分腰の痛みは強くなって椅子に座っているのが苦痛になる。夕方になると、自分がやる仕事について少し情報が入ってきた。何もない中で仕事を進めるのは今の僕には無理だが、何か事例があれば進められそうである。でもまだまだ情報が足りない。足りなさ過ぎる。

 19 時過ぎに退社し、食事をどうしようかと思ったが夕食も食欲がわかないし、食器を洗ったりするのも面倒に感じたので弁当で済ませてしまう。今日はあまり調子がよくなかったのかもしれない。

 

3月9日

 明け方に夢を見た。珍しく楽しい夢で、目が覚めたとき、何となく幸せな気分だった。ただ目が覚めたのは 6 時半。昨日調子が悪く 22 時半にはベッドに横になっていたから、ちょうど 8 時間で目覚めたことになる。その後もう少しベッドに入っていたがまた背中が痛い。

 数日ぶりに目覚めは悪くなかったが、会社に行く途中、トイレに行きたくなった。先週も同じようなことがあった。会社に行くことに対して腸がストレス反応を起こしているのかと思った。

 会社に行くと、M 部長はもう出社していた。ふと、自分の病気のこと話しておいたほうがいい、と思い時間をもらって、自分の今の状態を話す。M部長は理解してくれたようで、「動けないときは気軽に相談して。」と言ってくれる。

 相変わらず自分のやるべき仕事が見えてこないので、考えたり、あちらこちらに相談に行ったりしていた。途中 R 課長とも相談することがあったので、相談しているうちに自分の健康状態のことに話が及んできて、「一度人事とも相談してみたら。」とアドバイスをもらう。その背景には、元いた商務が事実上壊滅してしまい、うまく機能していないので僕がいるほうがありがたい、という R 課長の思惑もあるようだ。R 課長の何もしない体質にはちょっと困るが、自分自身この 1 週間でストレスが強くかかっているように感じているし、実際症状が少し悪化しているようにも思えたので、人事に相談に行き、「出来れば元いた商務への異動が出来ないか。」という投げかけをした。人事では、僕がうつ病だという事実は把握していなかったようで(会社の健康診断で申告しているにもかかわらず)、「検討はしてみます。」と言ってくれた。

 相変わらず食欲がわかないので今日は蕎麦のみ食べた。美味しいとも思わなかった。

 午後になると、人事に再異動希望の話をしてしまったのは早まったかな、という気もしてきた。ただ、自分がうつ病であることを知っておいてもらう必要はあったとは思うので、その点は間違っていないと思うのだが、そのことで気がふさぎがちになる。うつ病時の思考は間違っていることが多いからである。

 ついでに組合の担当者とも別件で連絡している最中に人事との件も話しておいた。組合としても僕の異動が大きな異動なので、気にはしているようで、組合的にも動いてみるとのことだった。

 その後はとりあえず回転しない頭をののしりながら今の部署での仕事のやるべきことを考えたり、他部署に相談にいったりして午後を過ごした。一方では子会社出向を嫌がる女性社員からの助けてコールにも答えなければならず、精神的にしんどい。

 夕方の組合の連絡会だと、会社内でまた大規模な職場異動が行なわれるとのこと。本当にこの会社もう駄目なんじゃないかと思ってきた。

 帰宅時も何となく元気なくくよくよしながら家路に着いた。お腹は減っているがやはり何を食べたい、というものがない。完全にストレスがかかっている状態である。

 

3月10日

 昨晩も寝つきが悪かった。一番の原因は花粉症の症状が悪化して鼻づまりで息苦しかったことにあるのだが、それ以外にも気分の落ち込みも影響していたように思う。ベッドに入って 1 時間しても寝られなかったので、またデパスを投与した。その後は眠りには入れたが、途中しばしば眠りが浅くなった。鼻づまりで息が苦しい。

 にもかかわらず朝の目覚めはさほど悪くなかった。今日は通勤途中の腸の過剰反応は弱かった。

 午前中はまたアイデアもないまま仕事のことを考えていた。すると昼前に M 部長から呼び出しを受けた。なんと昨日人事に相談をしたことについての話だった。通常だったら個人の我侭になりかねない内容だが、病気が絡んでいるということで人事が好意的に動いてくれているらしい。M 部長が「どうなんだ」と優しく問いかけてくるので、「このまま仕事していると体調が悪化する可能性があるし、一度後退して体制を整えたい。」と答えてしまった。正直異動したばかりで職場再異動がいいのかどうか判断つかなかったが、頭が回転していない状況では新規事業の立ち上げは無理だと思った。それが Web にかかわる内容であっても。M 部長は「必ずしも希望に添えるかどうかは分からないが、話は分かったよ。」と言ってくれた。前の職場の F 課長とは大違いだ。

 多少の後悔と、ほっとした思いが交錯していた。よくうつ病に関することでは「人生にかかわる重要なことは先延ばしにしろ」と言われるが、今回の判断はどうだったのだろう。本やインターネットで調べても「退職」をするな、とは書いてあるが、職場異動に関してはどこにも書いていない。この辺の情報もほしいところである。

 昼食の食欲は今日も今ひとつ。食堂のメニューを見るとシチューとおにぎりがあったのでこれなら食べられるだろうと、チョイスした。

 午後は少し心にゆとりが出てきた。技術で Web に関する新規事業というのは、通常非公開の技術情報を一般顧客にも公開するという取り組みである。顧客からの難解な技術問い合わせにも対応することにもなるためかなりパワーがいる仕事で、健康な状態でも大変な仕事だと思う。ましてやうつ病で思考力低下状態の今の状態ではかなりしんどいように思う。でもとりあえずは今の仕事はそれなので、ゆとりの出てきたところで心を少し自由に考えさせてみたりした。

 明日は有給休暇を取得したことも心のゆとりを生んでいたのかもしれない。何日かぶりに気分が普通に戻った。ただ、何も出ないのにもかかわらず、しばしば排便欲が襲ってきてトイレに行きたくなった。それを考えるとやはりストレスを感じているとしか思えない。

 

3月11日

 今日は休みだというのにラジオのタイマーを消し忘れてしまい、いつもの時間に目覚めてしまった。気分は普通と言うところだが、はやり何か行動したいと言う意欲が弱い。そしてここ 2 - 3 日の判断を考えて何となくくよくよしていた。またそのままベッドに寝逃げしていた。今日も背中が痛い。寝ているときの姿勢が悪いのだろう。これもストレスと関係あるのか。

 朝食もどうでもよかったが薬だけは飲まないといけないので牛乳を電子レンジで温めて飲んだ。薬を飲み、再びベッドに横たわる。でも背中が痛いので寝ていられない。

 天気が良くないので食料は近くのコンビニで済ませてしまった。値段は高めなのはしょうがない。駅の商店街に行く気もしない。しばらくしたら雨も本格的に降り出した。

 昼は軽くサンドウィッチと炭酸飲料水で済ませる。やはり食欲があるとはいえない。食べれば食べられるけどお腹が空かないのである。

 食後また、現実から逃避をするがごとくベッドにもぐりこみ、寝てしまう。なんだか人生から逃げているようで情けない。

 夕方になってあまりその気はなかったが一応「スタートレック」だけは観た。格別面白いとも思わないのだが、熱中できている不思議な状態である。

 ただ何となく夕方になっても落ち着きが感じられなかった。何をしたら心地よいのかも分からない。うつ病の場合普通夕方になると落ち着いてくるものだが。TV でアニメを見ていてもじっとしていられない。今日も抑うつ状態が出ていたようだ。

 

3月12日

 昨晩も23時には寝てしまった。昼間にかなり寝逃げしていたので寝付けないのでは、と心配していたがあっさりと眠れてしまった。我ながら不思議である。

 朝も 8 時過ぎまでぐっすり寝ていたように思う。それでも眠いし頭が重い。今日も背中は痛い。

 今日もさわやかな朝というわけではないが、少し体は動かせるようで、通勤靴を磨いたり、洗濯をしたりした。

 花粉症の薬が切れたので内科に行く。今日も割りと混んでいる。インフルエンザがまだ流行っているようだ。ここ数日症状が悪化しているので、頓服で鼻の諸症状を改善するセレスタミンも貰ってくる。

 午前中は何となく焦燥感は感じていたが、髪の毛も伸びてきたので床屋にも行った。出かけたついでに行かないと行く気にもならない。今日は軽く自転車で動こうと思って行動した。

 外出していると鼻水が止まらなくなってくる。マスクをしているのにもかかわらず、である。目も痒い。

 家に帰ってきたらくしゃみが止まらなくなってしまった。早速セレスタミンを服用する。それでも起きていられないのでまたベッドに横になる。昨日はうつで動きたくなくてベッドに横になり、今日は花粉症でベッドに横になり、と忙しい。

 一時間ほど寝てしまった後に起きる。多少は症状は緩和されているが、まだ鼻水は止まらない。ティッシュペーパーが手放せなくなってしまった。

 夕方、「スタートレック」を見始めた。どうかな、と思ったがちゃんと観ることができた。少し精神状態も安定し始めたのかとも思ったたが、夕食後、また少し落ち着きがなくなる。やはり会社のことがふとしたことで心に浮かんできて精神的にあまり休まらないようだ。

 夕食時のビールは止めておいた。ようやく薬のお陰で鼻水が止まっているので、アルコールを摂取するとまた悪化しそうだと思った。大体すでに抗アレルギー剤をずっと飲んでいるのにもかかわらずここまで花粉症の症状が悪化した背景にはストレスがあるようにも思える。今でも再異動したい、といったことについて悩んでいる。うつ病を新しい職場で低空飛行から徐々に直していくのがいいのか、安心感のある前々の職場でストレスレスを狙ったほうがいいのか。自分の将来も考えてもよく分からない。分からないから余計に苦しむ。

 

3月13日

 昨晩の就寝時間もいつもと同じだった。朝方やはりしばしば眠りが浅くなる。右の鼻が詰まっているようだ。夢の中ではまた昼過ぎまで寝てしまっていて、慌ててしまう。時間感覚が狂っている。実際は最初に目覚めたとき 8 時少し前だった。いつものように起きたくない。ベッドの中でぐずぐずしているうちに 9 時近くになったので無理に起きた。

 起きると容赦なく鼻水が出てくる。今日もティッシュが欠かせないのだろうか。精神状態はいつものように、今日何しようという気持ちにはなっていない。寝逃げしたいところまではいっていないが。

 それでも買い物には行くか、とふとポストを見ると知人に出した郵便物が料金不足で戻ってきていた。やむなく区内の本局まで足を伸ばす。もちろん花粉症対策のマスクをして出かけた。買物をしているうちに鼻水も止まってきたようだ。今日はいつもの抗アレルギー剤で済んでいる。

 昼は寒いから温そばを食べた。食欲と言う意味では、元に戻ってきた感じがある。とりあえず美味しく食べれる。3 連休が多少の精神的回復を呼んでいるのかもしれない。

 そこで午後からは DVD の鑑賞をした。できるだけ単純なのをと思って映画館で既に一回観ている「ターミネーター3」を観た。ストーリーが分かっているから英語字幕を読むのも楽だった。映画館だとシネコンに行かない限り音響設備はよくないし、フィルムの状態はどの映画館でも駄目と言わざるを得ないから、きちんと調整されたホームシアターシステムで映画を観るのが一番最良だと思っている。

 夕方も夕御飯を炊いている間以外は精神状態は安定していた。炊飯器で御飯を炊いているときはなぜか少し落ち着きがなかった。夕食は鮭とキャベツのぶつ切りがおかずだった。鮭は少々味が単調で食べてて飽きた。

 まもなく休みも終わり。明日からまたストレスのかかる会社かと思うと気分のいいものではない。

 

3月14日

 昨晩は 2 度夢を見た。2 度目の内容は覚えていないが、1 度目の内容は覚えていた。寝ている自分のそばに誰かが立っているという内容で、自分は起きようとするのだが、起きれない、と言う内容だった。

 朝は起きるのが辛かった。今日は会社に行きたくない、と思いつつ無理にベッドから出た。

 会社に着くと、上司から 10 時に健康管理室に行くように言われる。先週人事に相談に行ったことで、産業医と面談をする設定がされたようだ。

 10 時になり、健康管理室で産業医と約 1 時間半近く面談した。入社してからこれまでのことをいろいろと話した。そして、ここ 1 年の状態のことを話した。産業医は、話の後、「職場異動に関しては、産業医の立場としては今はしないほうがいい。多分あなたは正常な判断は出来ていないだろうから。」と言う話をした。そうだよな、うつ病時の重大な決定はするな、と言う観点からすればそう言うよな、と思った。そして続けて産業医は「 1 ヶ月ほど休養を取ると言う手もある。」と言う話をしてきた。もちろんそれは、現在通院しているクリニックの医師と相談が必要なことではあるが、そういう話まで出てきたことに何となくがっくりと力をなくした。

 その席で、今週水曜日の夕方に診療士の先生と面談が入ることになった。

 夕方になると、今度は人事から呼ばれた。午前中の産業医との面談を受けての話し合いだった。そこで「人事的にはあなたの病気のことは分かったので、異動の方向で話を進めたい。」と、産業医と反対の方向で話が進められた。これで更に自分は混乱する。いったいどっちの方向に進むのが正しいんだ ? ますます分からなくなってくる。そして人事はこうも言った。「あなたの今後のスキルや人生観についてはよく考えてほしい。」と。今、それが見えないから悩んでいるんだが。

 午前中の話と午後の話が反対の方向だったのでまた悩みこむ。それでも何とか今日も新規事業の構想だけはずっと考えていた。少しでもヒントを探してインターネットを探索した。

 家に帰ってきても悩んでいたので、思い切って父に電話をした。父の答えは、「再度職場異動することは人生に逃げていることにならないか。」だった。そうかもしれないと思いつつも、何か心の中で引っ掛かりが取れない。延々 30 分近く電話していたがすっきりとしないまま、週末実家に帰ることになった。

 

3月15日

 昨晩の電話が心に引っかかって、寝るときの気分は落ち込んでいた。そしてまた朝の眠りの浅さが復活してきた。憂鬱感とともに。

 午前中は昨晩の電話のことで心がいっぱいでくよくよし続けた。そうでなくても火曜日はどうも調子がよくないときが多い。朝一番で社内の新しいプロジェクトについての説明会があったので出席したが、やっぱり理解できないままだった。

 職場の周囲の人たちは前の仕事のクレーム処理でばたばたしている。それを横目に全く思考力のない状態で PC の画面を観続けていた。

 午後になるとそれに輪をかけて猛烈な眠気が襲ってきた。何が原因なのか分からないが、起きているだけで一苦労だった。

 夕方の会議に出る頃になってようやく目が覚めてきて思考も正常(かどうかは知らないがとにかく安定した状態)になってきた。

 定時後、R 課長が「仕事の件で」と言って僕のところにやってきた。実際は仕事の件ではなく、異動の件だった。実際 R 課長のいる部署の現在の責任者は業務にいた M さんなのだが、どうもそちらに僕が異動するのがほぼ確定したみたいである。M さんが僕の病気を知った上で腹を括ったということである。確かに昨日の父との電話からすれば人生逃げているんだろうな、と思いつつも、何となく安堵感に包まれる。少なくとも慣れた仕事ならストレスが少なくなるだろう。

 人生を逃げることがいいことかどうか、僕には分からない。でも時には必要な気もする。父は人生を逃げないで生きてきた。僕もこれまでそうしてきたつもりだった。でも、心が壊れてしまった。心が壊してしまったらそれを修復するまで逃げることも必要なのかもしれない。それが自分の人生にどういう影響を及ぼすのかは分からないけど。後は、このまま負け犬にならないように出来るかどうかだと思う。

 

3月16日

 今朝も早朝眠りが浅くなり、憂鬱感の残る朝だった。花粉症の影響もあって目も痒いし、鼻水も出てくる。

 幸いマスクと薬の効果が出てくるので何とか花粉症に関しては乗り切れそうである。

 会社に着くと、机の上に他社の商品が置かれていた。「何だ、これ。」と思いつつも PC を立ち上げると、T 課長から仕事の依頼で、その他社の製品に関する調査をしてほしい、とのことだった。早速仕事に取り掛かろうとするが、思考力が低下しているせいか、どういう手順で調査したらいいか分からなくなり、頭が混乱する。気力も低下していたみたいだが、何とか商品を手にとって手当たり次第に操作してみた。

 調査した他社の商品は 2 機種だけだったが、1 機種調査しただけでとても疲れが出て、ため息の連発だった。ただ 2 機種目は少し慣れてきたせいか割と簡単に調査は出来た。

 昼休みは久々に睡眠時間が確保できそうだったので目をつぶるが、周囲の人がいろいろ声をかけてくる。悪気はないのだろうが、正直言ってわずらわしい。少し眠らしてくれ、と言う気分だった。

 午後もその他社の商品を操作してみたりしてみた。隣の T さんがいろいろ話しかけてくるのでこちらも一緒に会話するが、心のどこかでは話をするのに気力を使っていた。

 夕方、また健康管理室に赴く。診療士の方との面談である。自分はすっかり忘れていたが昨年の 6 月に面談した方だった。30 分ほどの話の中で、やはり「しばらく休職したほうがいいのでは。」と言う話が出てきた。また、「昨年の面談のときと比べて目に力がない。」とも言われた。何となく心の中では休職することについても覚悟が出てきていた。

 その後 T 課長と人事や健康管理室との話を受けての話し合いを行ない、続いて人事とも話し合いを行なった。とりあえず、明日、明後日は会社を休むことになった。有給休暇はまだ大量に残っているから休暇は取りやすい。

 夕方のいろいろな話を受けて、また張り詰めていた気力が一段と落ちたように感じた。これまで無理に気を張っていたのかもしれない。

 春闘はあっさりと妥結した為、組合活動も特別行なうこともなく、ほっとした。2 - 3 年前までは、妥結するまで組合事務所に待機していなければならず、真夜中近くまで何もせず会社にいたものである。

 明日、明後日が休みになったことでどっと疲れが出た状態で家路に着いた。

 

3月17日

 ここの所疲れているのに寝つきが少々悪い。昨晩もそうだった。いつもデパスを飲もうかな、と思っているといつの間にか寝ているのだが、寝る前につい考え事をしてしまい落ち着いて眠れない。

 今朝も早朝から何となく眠りが浅くなる。ベッドから出たくなかったし、うとうとしていたら 8 時半を回っていたが、やはりベッドから出たくない。それでも「薬を飲まなきゃ。」という思いで起きた。今日も背中と右ひじが痛い。特に右ひじの痛みはいつもより強めだ。

 朝食をどうでもいい気分ながら食べ、先日届いた注文していた DVD のチェックを行なう。輸入盤の DVD は製造が雑なことがあるのでチェックして不具合があれば返品しなければならない。DVD のチェックをするのもちょっと気力がいる。

 天気予報は昼前から雨だと言っているので出かけたくなかったが早めに買い物に出かけた。しかし予想より早く雨が降り出してしまい、帰りは雨に濡れてしまった。

 お腹は空いていないが昼はカップラーメンとおにぎりで済ませた。一応は食べられる。

 その後また落ち着きがなくなったように感じられたのでベッドにもぐりこみ、2 時間ほど寝てしまう。寝る前に寒気も感じていた。実際の気温は低くないのにもかかわらず。体温の感覚が狂っているようだ。起きてからも落ち着きが感じられない。「スタートレック」DVD のメイキングを見てみたりしたが、今ひとつゆったりと見ていられなかった。

 夕方も何となく落ち着きがないままだった。夕食を食べる時間になったのでとりあえず食べる。ただ食べているだけ、という感じだったが、ビールを飲んだことで少し心が落ち着いてくる。ちょっとこの状態はよくない気がする。

 

3月18日

 昨晩の睡眠は今ひとつだった。夜中にしばしば眠りが浅くなり、熟睡感が無かった。朝の目覚めも今ひとつだが、いつものように薬を飲まないといけないので 9 時前には起きた。今日も背中と右ひじが痛い。

 朝食後、一応部屋の掃除をした。ただ窓を開けて掃除したのが失敗だったかもしれない。少々花粉症の症状が悪化してしまった。

 朝から TV を見たりしてみたが、あまり面白くない。相変わらず落ち着かない感じが残っていた。

 昼頃家を出て実家に向かった。途中昼食を取る。特に食べたいものも無かったのでマクドナルドのハンバーガーセットで昼食を済ませた。

 その後本屋で何か軽めの本でも、と思ったが決断できずにそのまま実家に向かった。途中の電車の中で眠気が襲ってきたのでうとうとする。

 実家に着いたが、特に何をするでもなく、ぼーっと TV を見たり PC をいじったりしていた。相変わらず熱中している、という感じではない。

 夕方父ともう一度話をした。落ち着いて顔をつき合わせて話をしたことで、父からの一方的な押し付けは無かった。とにかく明日の通院時に医師とどうするか判断する事を告げる。

 夕食は普通に食べられた。

 

3月19日

 昨晩夜中に花粉症が悪化して目が覚めた。鼻を何回もかむ。その後再び寝るが 7 時 45 分頃にまた鼻詰まりと鼻水により目が覚め、やむなく起きてしまう。今日も背中と右ひじが痛い。

 実家の朝食はいつもの朝食よりも量が多めなので食べるのがちょっとしんどい。量の違いといっても 6 枚切り食パンと 8 枚切り食パンの違い程度なのだが、意外に効くのである。

 食後いつものように薬をいろいろ服用するが、花粉症の症状は治まらないので、頓服薬も飲んだ。鼻をかんでばかりである。

 午前中はぼっーとしながら過ごした。普段見ない TV を見るともなく見たりしていた。

 午後早めに実家を後にした。通院の日だからである。今日の医師との話し合いで今後どうするが決まる。

 帰りの電車ではやはり眠くなり寝てしまった。スギ花粉さえなければ穏やかな日だなと頭の一部では思い、一部ではその心地よさを実感できずに意識が飛んだような感覚でいた。

 メンタルクリニックに着いてここ 2 週間の症状を再確認しようと PHS を起動した瞬間すぐに診察の時間が来てしまった。そこで覚えている限りの状態を医師に話すと同時に、休職についての話や再異動についての話もした。再異動の話については、「仕事が分かっていてストレスが少なくなるのであればいいのではないでしょうか。」と言う肯定的な意見をもらえたので、正直ほっとした。

 問題の休職についての話は、会社側の産業医の意見を述べると、「がちゃんさんはどうしたいですか。」という問いをなされた。「今このまま再異動しても異動先に迷惑をかけそうな気はします。」と言う意見を述べると、結局 4 月末までの休職を要す、と言う診断書を書いてもらった。これで休職ほぼ決定である。

 それと同時に今まで長らく坑うつ剤として服用してきたドグマチールから、ルボックスという薬に変わった。副作用の様子を見て当面は日に 2 回飲むそうで、副作用としては吐き気が出るそうである。

 家にようやく帰ってくるが何となく落ち着かない。しばらく床に転がっていた。夕食は、小エビのから揚げとマカロニサラダをおかずにして食べたが、小エビのから揚げはすぐに飽きてしまい、半分近く残してしまった。

 食事しながら TV を見てはいたが、今ひとつ面白みは感じられない。旅物なのでいつもなら楽しいはずなのだが。

 

3月20日

 昨晩の就寝時間は 22 時 30 分。何故かルボックスを飲んだ後、気分が高揚してきた。そんなに早く坑うつ剤の効果は出ないはずなのでおかしいな、と思っていたが、まるで躁転したかのような気分でベッドに入った。

 深夜夢を見た後一度目覚めた。また鼻づまりである。鼻をかんでふと時計に目をやると 3 時 46 分。またまだ真夜中だった。

 次に目覚めたときは 8 時 46 分。やはり鼻づまりの状態だった。相変わらず背中も痛い。もう少しベッドに入っていたかったが、鼻づまりや背中の痛みが辛かったので起きることにした。

 どうしようか散々迷っていたのだが、今日は久しぶりに映画館に映画を観に行ってみることにした。知人の一人が「ローレライ」という邦画をプッシュしていてついチケットも買ってしまったのでどこかで観ざるを得なくなっていたのだ。原付自転車に乗って川崎市内まで赴く。

 普段だと街に出ると心がときめくし、楽しいものだが、まだ気分障害があるせいかあまり楽しいとは思わなかった。映画も半分ぐらい落ち着かない気分で観ていた。それでも暗闇の中で 2 時間の作品を一応観ることは出来た。それなりに面白いとは思っていたのでもっとうつ病の状態がよくなったときに DVD でもう一回観てみたいな、と思った。

 映画を観終わると、もう家に帰りたくなってきてしょうがなかった。ちょうど午後のお茶の時間なのだが、途中スーパーで夕食のおかずを買いつつもまっすぐ家に帰って、家でインスタントコーヒーを飲んだ。こちらのほうが落ち着く感じである。

 家にいると多少は落ち着くのだが、それでも少しは焦燥感があるようだ。インターネットで「ローレライ」の情報を探しているときもそんな感じを受けた。

 夕食の時間になったので食事を始める。特に食事が楽しいわけではないがとりあえず食べている、といったところで、白い御飯と味噌汁は食べるのを止めてしまった。おかずとビール 1 本だけでもういいや、と思ってしまった。おかずは昨日の残りのえびのから揚げとキャベツのぶつ切りを温めたもの、それと小春巻 2 個である。

 

3月21日

 昨晩、夕食後 Web サーフィンを一通りしてしまうと何もしたいことがなくなった。早めにシャワーを浴びて 22 時過ぎにベッドに入った。ベッドに入るとなぜか会社のことを考え出し、少し憂鬱な気分になる。次の日も休みなのに。

 睡眠自体は久しぶりに熟睡していたようだ。気づいたときには 9 時を回っていた。途中眠りも浅くならなかった。

 いつものように鼻水が止まらないので、薬を飲んでしばらく家でじっとしている。割と精神状態は安心しているような気がする。

 昼前に買物に出かけ、夕食の惣菜を買って一度家に戻る。まだお腹も減っていないし、食に対する興味もなかったので、たまに軽く散歩をしてみることにする。

 しかし散歩を始めると鼻水がまた止まらなくなってきた。暖かいから気持ちはいいのだが、花粉症の影響で気がそがれる。途中、昼食は中華料理屋でチャーハンを食べた。割と美味しく食べれた。食後はワイパックスと頓服のセレスタミンを飲む。

 本当は気分転換に銭湯にでも入ってみようかとも思っていたのだが、どうもその気がなくなってきたのでとぼとぼ家に帰る。家に着くと目は痒いは、鼻はかみ続けるはで大変だった。

 家に帰ってきてから DVD を観ようという気も起きなかったのでぼーっと PC で Web を見ていた。「スタートレック」の 1 シリーズは観終わったもののまだもう 1 シリーズは大量に残っているので観ないといけないのだが、それすら観る気が起きない。洗濯物もアイロン掛けが面倒で止めてしまった。Y シャツが形状記憶のタイプなのが幸いである。

 夕食も興味はないが時間が来たから食べている、といった感じである。ただそれなりに味は感じているからマシなほうだろう。TV では美味しい寿司屋の特集を放送しているが、少しも興味がわかない。食に対する関心が低くなっている証拠だろう。

 夕食を食べ終わるとかなり満腹感がある。多少胃がもたれる感じだ。食が細っているのかな、とも思うが、なぜか痩せない。ドグマチール飲んでいたからかもしれない。

 

3月22日

 会社に行く日の朝になると、また明け方眠りが浅くなる。あまり気分のいいものではない。

 とは言うものの今日は気分は安定している感じではある。元気があるかといわれると、元気はないのだが、抑うつ感は感じてはいなかった。

 花粉症の症状が悪化しなかったのも幸いした。

 しかし会社に行っても頭は真っ白なままで思考力はないようなものだった。朝一番で人事にメンタルクリニックの診断書を出しにいく。あいにく担当者がいなかったので隣の方に頼んでいく。

 午前中、せっかくこの 1 年やってきた仕事をすべて無に帰すような作業を行っていた。度重なる組織変更等の理由により、Web サーバーの管理が限界に達していたからだ。なんだか自分の 1 年間の無理した努力が無駄だったような気がしてきてさびしい思いをした。

 午後になるとまた眠気が襲ってくる。さほど強いものではなかったが、体を動かしていないで頭脳だけで仕事しようとするから疲れるのだろう。

 夕方遅くに前職場の F 課長とこの 1 年間の業務課題についての面談を行なった。医師からの診断書には明日から 1 ヶ月の休養を要す、と書いてもらっていたので今日しか時間がなかったのだ。面談をしている限りではそんなに悪い感じはしなかったが実際の評価はどうだろうか。個人的には何もできなかったという思いが強いので最低の評価でもしょうがないとは思っているが。

 結局人事からは今日は何も連絡がなかった。今の上司と相談の上、とりあえず明日から年休扱いで休みということにしておく。明日一度会社に電話を入れて確認してみる必要があるだろう。あまり電話したくはないけど。

 

3月23日

 昨晩の睡眠がどうだったのかあまり思い出せない。最近妙に記憶力が低下している感じで日記を書くのも少々苦労している。

 医師の診断書どおり、今日から一応休職に入ったので 8 時半頃まで寝ていた。まだ寝たりない気がするのだが、いつものように薬を飲むために起きる。

 薬を飲んだ後再度ベッドに入るがラジオでは昼頃から雨とのことなので結局起きて午前中早めに食糧を買いにいく。しかし食に対する興味が失せているのに朝から夕食のこと考えないといけないのもしんどい。

 食料を買いに行ったついでに本屋で「終戦のローレライ」の 1 巻、2 巻を購入した。本屋にはフィギュア付き限定版も売っていたが散々悩んだ末、通常版にした。フィギュア自体セブンイレブンのキャンペーンでいくつか手に入れていたのでダブってもな、と思ったのもあった。映画「ローレライ」が邦画にしては面白いと思ったので小説版も読んでみたくなっていた。

 家について早速「終戦のローレライ」を読もうとするのだが、相変わらずの花粉症の症状も手伝ってか、全く集中力に欠けるので読めなかった。

 そうこうしているうちに会社の人事と連絡が取れて、4 月末までの休職は有給休暇扱いで休む、ということになった。有給休暇自体は入社以来ずっと積み立てていたため 60 日近く残っているからしばらくは安心である。それと 4 月 18 日の週に一度会社に連絡を入れるということも確認した。復職できるかどうかの判定のためである。また診断書が必要なようだ。

 昼食はお握りと味噌汁で済ませ、当初の予定通り昼寝に入った。最初から今日は昼寝しようと思っていた。とにかく脳の機能を回復させるのが第一だろう。

 2 時間近く寝てから午後のコーヒーを飲みつつ、「スタートレック」のもう一つのシリーズを久しぶりに観た。今日は物語を楽しく観ることができた。昼寝が効いたのかも知れない。

 その後再度「終戦のローレライ」を読み始めた。今度は何とか読めるようになっていたが、しばしばページを戻すような状態だった。ちょっと頭を使うのは駄目みたいである。

 夕方になると何か落ち着かない気分になってくる。薬の効果が切れてくるからなのか。

 久しぶりにお腹の空くのを感じたので、夕食はまずまず食べられた。薬のお陰か、ビールのお陰か、落ち着きも取り戻してくるようだ。でもアルコールによる精神安定の手法はよくないらしいのだが。(アルコール中毒になりやすいらしい。)

 夕食後適当な時間に実家に状況の電話を入れておく。親も心配しているようなので安心させておかないといけない。いろいろ気を使う。気を使わないほうが病気の回復にはいいそうだが。

 

3月24日

 昨晩寝る前に再び小説を読み出した。TV も何も消して静寂の中読んでいるとそれなりに読めるものである。気が散らないからだろう。しかし以前ならラジオを聞きながらとか、TV の音声を聞きながら何かに集中することが得意だったことを考えるとまだまだ集中力の低下は否めない。

 昨晩は寝つきが悪かった。昼寝がよくなかったのかもしれない。その後の睡眠は途中目覚めることもなかったのだが、いつものように朝の目覚めはすっきりしない。眠剤の効果が残ってしまっているせいかもしれないが、毎日さわやかな気分で起きれないというのも面白くない。

 午前中はいつものように買物に出かける。ただ今日は駅まで約 2km の距離をのんびり歩いていったことだろう。先週の診察のときに医師から「生活リズムを狂わさないように。」ということと「出来るときは軽く運動してください。」と言われていたので、少し悩んだ後、今日は歩くことに決めた。

 歩いていても特に気分がよくなることはなかったが、体力維持には多少貢献したのではないかと思っている。

 昼食はどうしようかまた悩んだ。大体お腹も減っていないし、毎回書いているように食に対する興味が薄いから何を食べたいというものがないのだ。結局値段の安さのみで牛丼屋に入って豚丼を食べた。量は並だったが食べ終ると胃に少々もたれる感じだった。もう少し量減らしてもよかったかもしれない。

 夕食も悩みの種で空豆の天ぷらと玉子焼きというまるで酒の肴にしかならないようなおかずにしてしまった。

 午後から映画の DVD でもと思ったがどうも観る気がしない。先日の「ローレライ」のときですら半分焦燥感を感じた状態で観ていたくらいなので、英語字幕しかない輸入盤 DVD は気力を奪いそうで駄目である。こういう休養を取っているときこそ本当は好きな趣味を楽しめればいいのだが。

 結局午後は眠気と戦いながら目的もなく Web を見ていた。コーヒーでも飲めばよかったのだが、インスタントコーヒーを作る気すら起きなかったので、ただただぼーっとしていた。

 夕方、どうしても眠気に勝てなくなってしまった。軽くベッドに横になると30分ほど寝てしまった。

 起きたら夕食の時間である。空豆の天ぷらはすぐに飽きてしまった。ビールも起きぬけに飲むのはとてもまずく感じた。まともだったのは玉子焼きと御飯にかけるふりかけぐらいなものである。

 夕食食べ終わってしばらくするとやはり胃にもたれる感じがする。消化不良気味なのかもしれない。

 

3月25日

 昨晩 21 時過ぎになるとまた眠気が襲ってきた。「歯だけ磨いて寝てしまうか。」と思って歯を磨きそのままベッドに入ってしまう。しかし、何かシャワーを浴びてないので気分がさっぱりせず寝付けない。結局再度起きてシャワーを浴びなおした。再度ベッドに入ったのは 23 時過ぎ。いつもと大して変わらない時間だった。胃のもたれというかむかつきはずっと継続していた。ルボックスの副作用が出てきているのかなとも思った。

 ここのところ深夜とか早朝の浅い眠りはなくなっているようだ。今朝の最初の目覚めは 7 時半近く。そのまま再度寝てしまい、8 時半過ぎに起きた。起きたとき、なぜか会社を休んでいることに対する贖罪感のようなものが心に浮かんでいた。目覚めの悪い朝だ。

 今日は天気は悪くないが寒いし風も強い。花粉が飛びそうだな、と思って食料の買出しはいつものようにバイクで出かけた。今日もあまり考えずに食料を買って早々に帰る。家にいても退屈といえば退屈なのだが、どこかに出かけたいという気が起きないし、心のどこかではベッドでごろごろしていたいという気のほうが強いようだ。

 それでも昼食後 DVD を観ようとし始めるがやはり集中力がそがれ、また今日も昼寝をしてしまった。あまりいい癖だと思わないのだが、どうしても眠気が来る。いろいろな薬を飲みすぎているせいもあるだろうし、まだ脳が休息を求めているのかもしれない。精神的には会社にいるストレスがないから落ち込みはない。

 昼寝が終わったあと、また気が変わったので DVD を観た。今日も前に観たことのある映画版の「スタートレック」だったのであまり考えずに観ることが出来た。今はあまり脳を使うような映画は観たくないな、というのが実感である。それと 2 時間を越える上映時間の映画も。

 そんな状態だからレビューを書いても中身は薄くなっているような気はするが、作品自体濃い作品でもないのでしょうがないとも言える。

 夕食は鯖の煮つけとマカロニサラダ。思っていたよりはまずまず食べれた。昨日の空豆の天ぷらよりはマシだったと思う。ビールは美味しいは思わなかった。なんだか 350ml の缶でも量が多いような気がしてきた。

 夕食後はやはり胃が少しもたれる感じがする。それより昼間からしょぼしょぼしていた眼の状態が悪くなる。花粉症の症状が出てしまっているようだ。

 

3月26日

 昨晩の寝つきは特別に悪かった。最初は昼寝してしまったからかなと思っていたのだが、時間を経るにつれ鼻づまりがひどくて眠りにつけないことが分かってきた。どうも熟睡できない状態が長い時間続いたようだ。ふと時計を見ると深夜 2 時半だった。2 時半まで寝付けなかったような気分だった。

 朝も早朝から鼻づまりでしばしば眠りが浅くなっていた。それでも目を覚ますと 9 時少し前。なんだか寝た気がしないが起きる時間だったのでベッドから出た。鼻をかむと鼻血がかなり混じっているし、目も充血している。花粉症の症状が悪化しているようだ。花粉症のせいで調子がよくない。

 それでも簡単に掃除機で掃除を行った。窓は開けずにである。その後輸入盤 DVD の注文書を書いた。どうも面倒な気分なのだが、映画を観るのが趣味なのだから注文書を書く面倒さは我慢しないといけない。以前なら書くのも苦労しなかったのだが、今日はなんだか億劫な気分だった。

 昼前に近所の内科に花粉症の薬を処方してもらいに行った。さすがにインフルエンザの峠は越えたらしく、今日はがらがらだった。その後出かけたついでに少し散歩をした。軽い運動と日光に当たることが脳内のセロトニンの活性化にいいとは言われている。もっとも億劫感があったせいか散歩していても気分がよくならない。ともするとなんだか悲観的な思考が浮かんできそうになるので何も考えずに河原をふらふら歩いた。ここのところ精神的には安定しているので、会社を休職しなくてもよかったのではないかという思いが頭をかすめるのだが、休職前は確かに精神的におかしかったので、あまり会社のことを考えないようにする。

 さすがに少し運動するとお腹が空くらしい。元気だった頃のような空き方ではないがそれでも多少なりとも空腹感を感じたのは意外だった。昼食はたこ焼きを食べた。昼食というより軽食の部類だがこの程度でも十分らしい。

 夕食のおかずはいつものスーパーの惣菜コーナーを止めて、オリジン弁当というチェーン店で買ってみることにした。サラダ類は種類があったので多少興味もあったが、おかず類はスーパーと大差なく、がっかりする。

 家に帰ってくると予想以上に疲れていることに気づく。そんなに距離を歩いた覚えはないのだが体力が落ちているのかもしれない。やはり家に着くとほっとする。

 家帰ってくると何となく眠気が襲ってくる。さすがにさまざまな薬を飲んでいるからどれが眠気を誘っているのさっぱり分からない。ストレスから開放されていることも関係しているような気もするけど。

 夕食はそこそこ美味しかった。いつもとメニューが少し違うのもあったからだろうし、運動したせいもあるかもしれない。ただビールは相変わらず美味しいとは思わなかったが。ビールがまずいというのは何なのだろう。

 夕食を食べ終わって少しすると実家から電話がかかってきた。やはり僕のことが心配のようだ。一応父も斉藤茂太氏の本を買って勉強してみたらしい。これはいいことだと思う。家族に理解されないのが一番うつ病には辛い。誰とも話したくないといいながら誰かに助けてほしいのが実態だからだ。多少なりともうつ病に対する理解を家族が持ってくれるのならそれは幸いなことである。

 

3月27日

 昨晩は昼寝をしなかったためか寝つきはよかった。しかし、久しぶりにはっきりとした早朝覚醒をしてしまった。時計を見ると 5 時 20 分。まだ早いな、と思ったとたん、花粉症のモーニングアタックを食らってしまい、鼻水が止まらなくなってしまった。その後 40 分近く鼻をかみ続ける羽目に陥ってしまった。あまりに辛いのでセレスタミンを飲もうと思ったのだが、薄暗がりの部屋の中で大量の薬の中からセレスタミンを見つけることが出来ず、服用を諦めた。

 次に気づいたときにはもう 9 時近かったが起きれなかった。また寝てしまい、9 時半近くになって無理にベッドから起きた。さすがに今回はモーニングアタックはなかったがそれでも鼻水は出てくる。気分のよくない朝を迎えた。

 天気予報では今日も暖かい一日であると伝えていたが、部屋の中は妙に寒く感じる。なんだか今日は出かける意欲も低い。そうはいっても食料だけは買いに出ないといけないと思うのだが、なんだかぐずぐすしていた。

 それでも意を決して正午に家を出た。頭の片隅で近所にある銭湯にいってみようかと考えていた。

 今日は自転車に乗って出かけた。その近所の銭湯は日曜は朝から営業しているということだったが実際は 14 時からだった。とりあえずのろのろと走行しながら昼食どうしようかな、と考える。朝が遅いので全然お腹は減っていない。

 結局街頭でクーポン券を配っていたこともあってファーストキッチンでハンバーガーを食べた。食後とりあえず食糧だけスーパー買い込んで一度家に戻った。

 出かける前は意欲が低下していたのだが、実際出かけてしまいのんびり自転車に乗っていると気分がよくなってきたので食料を冷蔵庫に押し込んで再度自転車に乗り込んだ。14 時になったのでもう一度銭湯にいってみると今度は開店していたが、チケット売り場の前に立って料金表を見ていると入る気がなくなってしまい、入浴を取りやめてしまった。

 じゃあ今度はマッサージでも受けにいってみようか、と思って以前一度訪れたことのあるマッサージ店に行ってみるとその店は潰れていた。

 ということで何もせず家に戻った。午後のお茶の時間だったがコーヒーを飲む気にもならず、水を飲んでお終いにしてしまった。お茶菓子も買ったというのに。

 その後は何となくネットサーフィンしているだけで時間が過ぎていった。時間があるのだから TV シリーズの「スタートレック」でも観ればいいようなものだが、なぜか観る気にならない。一度は DVD プレイヤーにかけて観始めたのだが日本語字幕なのにもかかわらず全然気分が乗らないので観るのを止めてしまった。

 夕食は麻婆茄子とキャベツという野菜中心のおかずだった。食べて満足というところまではいかないがまずまずだったと思う。ビールは今日もあまり美味しくなかった。

 

3月28日

 昨晩の寝つきは多少悪かった。いつものように鼻づまりが眠りを邪魔している。それでもしばらくすると眠りに入ることが出来た。

 今朝も早朝眠りが浅くなっていた。昨日みたいに目がはっきり覚めるところまでいかなかったのが幸いである。

 目覚めたのは 9 時半。会社から支給されている携帯電話が起動する音で目覚めた。よほどぐっすり寝ていたらしい。まだ寝ていられそうだがいい加減起きないといけないと思い、ベッドから出た。「休職期間中は規則正しい生活をしてください。」とは医師や会社の人事から言われていたが、起床時間だけは日常生活からずれた規則になってしまっている。今はまだいいと思うがそのうち起床時間の調整をしないといけなくなるだろう。

 午前中は何も考えずにインターネットを見ていた。今日は気分の落ち込みは感じられない。こうして会社を休んでいると、自分がただ怠けたいだけのような気がしてくるから不思議である。会社に行っている時は苦痛なときが多かったのに。それでも薬を飲んでいることを考えても普通の状態ではないのは事実だと思う。

 昼過ぎに PHS が鳴った。誰だろう、と思ったらグリップハンドの山野さんだった。会社に来ていたので電話をくれたらしい。僕が休んでいることを知らないから多分昼食を一緒に、というお誘いの電話だったのかもしれない。休職していることは言わないで「今日ちょっと休んでいるんで。」と努めて元気な声でしゃべってお詫びをする。

 昼食後は DVD を観ようかな、と思って「マトリックス リローデッド」を再生し始めるがやはり集中力に欠ける。会話の内容が理解できない。それと何となく眠気も混じっているようだ。観始めて 20 分で止めてしまった。しかし何となく DVD は観たかったので「スタートレック」の TV シリーズに変えてみる。こちらは何とかいけた。やはり現実から少し遊離している感覚だったがそれでもちゃんと観ることができた。でも DVD を観る集中力もそこまでだった。メイキング映像を観始めたらいきなり頭に入らなくなった。日本語字幕が出ているのに...。

 今日は午後のお茶を飲みたいなと思ってインスタントコーヒーと昨日買ったお茶菓子を楽しんだ。

 夕方になると何となく寒気がし始めた。足も冷えが来ている。温度計を見ても高めだったので自律神経が狂っているのだろう。

 夕食はトンカツとキャベツ。まあそれなりに食べられたが、好物のトンカツを食べても幸せな気分にはならなかった。食後は胃がもたれる。大量に食べたわけでもないのに。

 先週末父から電話があったとき「実家に帰っておいで。」といわれていたので明日顔を出すことにして、実家に電話を入れた。実家に帰るのも少々億劫なのだが、あまり親を心配させるのもなんなので 2 - 3 日帰ることに決めた。

 

3月29日

 昨晩も寝つきがあまりいいとはいえなかった。一つには胃のもたれが残っているからであり、なぜかシャワーを浴びているときやベッド入ったときにふと考え込み始めてしまうからである。出来るだけ考えないようにしようとしているのだが、ともすればいろいろ先のことを考えそうになったり悲観的な考えが浮かんできそうになる。最もそれは漠然としたものでハッキリした思考にはならないのだが。

 今朝も早朝、多分これまでの経験から 5 時過ぎだと思うが眠りが浅くなった。

 次に眠りが浅くなったのは 8 時半。意識は半分起きているのだが体が寝ているような感じだった。意思の力でベッドから起きだす。起きると何時ものように洗面を済ませ、朝食を食べ、薬を飲む。

その後実家に帰る準備をした。帰るといっても部屋着と下着類、洗面具少々とたいしたものではない。カバンの中には本も入れておいた。大野裕著の「うつを治す」である。父に読んでもらって少しうつ病の事を理解してもらおうと思ったからである。その他にも「終戦のローレライ」も放り込んでおいた。

 準備が終わるとしばらくインターネットを見ていた。ぼーっとしている分にはインターネットは悪くないと思う。ただ、文章が長かったり、読みづらいとちょっと敬遠するところもあるけれど。ここのところは「うつ病で休職時の過ごし方」について調べている事が多い。ともすると休んでいる事に罪悪感を感じかねないからである。基本的には何も考えないようにすることとか自分の好きだった事に挑戦してみる、というのが良い過ごし方のようである。

 昼前に自宅を出て駅の駐輪場に原付自転車を止める。そこで駐輪場の契約更新の手続きを済ませた。4 月一杯休職を取るという事は 1 ヶ月分駐輪料金が無駄になる事なのだが契約更新をしないと既に満車状態になってしまっている駐輪場の再契約は無理なのでやむを得ない。空きを待っている人も多いと聞く。

 今日も特にお腹はすいていなかったが帰省途中で昼食を取る。特にこれ、という希望も無かったので繁華街をうろうろしていると雑炊スープのうどんというのがあったのでそれにしてみた。ちょっと変わっていて新鮮だった。

 その後は本屋に寄った。自ら「脳みそ系」とうつ病とパニック障害を体験している事を公言している漫画家の藤臣柊子さんの新刊が出ると聞いたのでそれを買おうと思ったのだったが、どの本屋に行っても置いていなかったので諦める。

再び 30 分電車に揺られて実家に戻る。電車に乗ると眠気が襲ってくるので目をつぶっていた。とても心地いいひと時である。

 駅からは珍しく歩いて実家まで向かった。大体 2km 程度だから軽い散歩といったところである。歩いているとまた多少悲観的な思考が浮かんできそうになるので何も考えないようにする。普段の日に会社に行かないわけだからともすれば悲観的な思考に流されそうになるのもやむを得ないが、それでは自分が病気を認めていないのと同じことである。

 家に着くと父がいたので二人でコーヒーを飲む。ぼつぼつと話をする。今回は穏やかな会話だった。父が買ったという斎藤茂太さんの本は「うつもまた楽し」という本だった。僕も父に「うつを治す」を渡す。うつ病関係の書籍の交換である。

 その後はこの日記を書いたり、本を少し読んだりしてすごした。

 実家のいいところは食事のことを考えなくてもいいことだろう。夕食はいろいろなおかずが出た。いつも一人で食べているとそんなに食べられないのに実家に帰るとそこそこの量を食べてしまう。ビールは今日もさほど美味しく感じず、すぐに顔が真っ赤になった。お酒に弱くなったみたいである。

 

3月30日

 昨晩の寝つきは良かった。あまり考え事も浮かばないですんだ。

 ところが久し振りに深夜に目が覚めてしまった。時間を見ると 2 時 40 分。また以前のようにトイレに行きたくなったのでしぶしぶ起きる。

 今朝も眠りがしばしば浅くなる。鼻詰まりも手伝ってすっきりしない。かなり長い時間その状態が続いた後、時計を見ると 8 時 46 分だったので今日も少しだけ気力を出して起きた。鼻詰まりはひどいし、目もごろごろする。

 自宅で一人暮らしをしていると朝の挨拶も無いので気づかなかったが、寝起きの機嫌はあまりよくないようだ。親に「おはよう」を言うのも少々面倒な気がする。

 普段は新聞など読まないがぱらぱらと見出し程度は見てみる。文化欄か何かで年代別の指南書が売れているという記事があったので読んでみる。読んでいると 30 代は勝ち組みと負け組みがはっきりしてくる、というようなことが書いてあって病欠している僕は負け組み側かな、と少し気分が暗くなる。本当、いやな時代になったものである。

 花粉症の症状がひどいのでセレスタミンを服用しておく。それでも午前中は鼻詰まりと鼻水が止まらず、気分的には憂鬱だった。医師は「風邪を引いて体力が消耗しているときは抑うつ状態が強くなる。」と以前言っていたけれど、花粉症の症状でもそれは当てはまりそうである。

 昼は母とうどんと赤飯を食べた。昨日に続けてのうどんだが、まあ食事は何でもかまわなかったので気にせず食べた。鼻詰まりによる呼吸困難と多少抑うつ状態に傾いているせいか、話をするのが少々辛かった。

 鼻詰まりのせいか、午後の眠気も襲ってこなかったので「うつもまた楽し」を読んだり、インターネットの 2 ちゃんねるを見たりして過ごした。「うつもまた楽し」はうつ病についての本というよりはうつについてのエッセイといった感じで何となく認知療法的な要素を持った本だな、と思った。軽い憂鬱な気分のときに読むにはいい本かもしれない。

 しかし実家にいると PC の使い勝手も違うし、いつも聞いている FM ラジオも聞けないので何か違和感を感じる。元々自分の部屋なのに。

 夕食は今日も早く 18 時ごろから食べ始めた。刺身と金平ごぼう、ロールキャベツがおかずだった。ルボックスの副作用のせいか便秘気味なので、金平ごぼうを出来るだけ多めに食べる。

 夕食後は少しだけサッカーの中継を見る。元々スポーツ中継に興味が無いのでほとんど見ないのだが、実家にいると生活パターンも少し変わってしまう。

 

3月31日

 ここの所寝る前 30 分ほどは小説を読んでいる。昼間に集中力が欠けているのがその原因だが、夜でも TV などをつけていると気が散って読むことが出来ない。静寂の中で 30 分ほど読むのが精一杯というところである。

 昨日一日中苦しんでいた鼻詰まりは寝るころになってようやく収まってきた。そのお陰で昨晩の睡眠の質は良かったようだ。変な時間に目覚める事も無く、早朝の眠りの浅さも相当に軽減されていたようだ。

 朝 9 時に起きたとき、ここ最近にしては珍しくさわやかな気分で起きれた。昨日は間違いなく抑うつ状態に陥っていたな、という気がしてきた。ただ会社に行っていないだけ苦痛が軽減されているだけで。

 今日も午前中はインターネット見たり、本を読んだりした。インターネットニュースで愛知万博の弁当持ち込み不可がゴールデンウィークを目途に可能になるらしい事を知って、笑ってしまった。今のところあまり盛り上がりに欠けているように思えるこの愛知万博。やはり未来に希望の持てない時代だから時代にそぐわないイベントになってしまっているようにも思える。

 本は「うつもまた楽し」を読み終わった。やはりうつ病になってしまった人向けというよりはネガティブな考えになりやすい人向けの本という感じで読みやすいが少々物足りない。

 本当は今日は午後早めに自宅に戻ろうと思っていたのだが母の勧めで夕食を食べてから帰ることになってしまった。夕食時に飲む分の薬を持ってきていないから薬を飲むまで少々時間が空きそうである。

 それ以前に何故かうつ病になってから夜遅くまで出かけているのが極端にいやになってしまった。とにかく早く家に帰りたい、という気持ちが強い。一つには睡眠時間を固定したいというのもあるし、家でのんびりしたいというのもあるし、 2 ちゃんねるを見るのが日課になってしまっている現状ではその時間も欲しいし、飲みに行くのが億劫だというのもあるし、色々複雑な心境がそういう気持ちにさせているようである。悪く言えば心に融通さがなくなっているのかもしれない。

 午後は暖かかったこともあって半分眠気が来ていた。午前中と同じくのんびりと過ごす。特に何をしているわけでもないのに時間が経つのが早く感じる。会社にいるときは苦しくて時間が過ぎるのを耐えていた事が多かったように思える事を考えるとうつの時間感覚の変化を実感する。

 早めの夕食を食べた後、19時ごろ実家を後にする。そのとき母から「あんまり一人で暗い方に考え込まないで早めに相談して。」と少々苛立った声で言われてしまった。会社を休職することを決めたのを暗に非難しているように感じられてちょっといやな気分だった。

 電車のタイミングがよかったので1時間半もかからずに自宅にたどり着いた。