うつ病日記2006年2月分

2月1日

 今日から 2 月。21 ヶ月目の日記になった。自分でもよく続いているなとは思っている。ただ最近ちょっと色々な面でしんどいところはある。しんどいところをどう潜り抜けていきながら書き続けるかはちょっと課題かなとは思う。最近は、トップページの説明文とは裏腹に文章の書き方を学ぶためにやっているようなところもある。正しい日本語の使い方ではなく、行間から漂わせてくるものを出していきたいという気持ちである。

 言葉というのは時代とともに変化していくものだと思っているので、正しい敬語の使い方とかにはあまり興味はない。但し、その場に応じた気遣い方は必要だろうなとだけは思っている。形式にこだわっていては視野が狭くなるというのが今の僕の考えである。昨日少し触れた価値の単一化という概念に対して異議申し立てをするのと関係している。

 昨日も大して掲示板に書き込みはしなかった。する必要がないときはしないし、する必要があったらちょっと書き込む。それも主治医が僕に対してそうであるように出来るだけ一定の距離を置いて書くように心がけている。そうしないとうつの負の波は強烈過ぎる。

 睡眠はまずまずだったけれど、起床時と通勤中少しだけ頭が重かった。一昨日よりはずっと軽いが、昨日に比べたらちょっと駄目な感じである。

 午前中は引越しに始まり、何か知らないけれど細かい雑用がちょろちょろ入ってくるので以外と忙しかった。あっという間に午前中が終わってしまった感じで、最初は「なんか調子悪いな。」と思っていたのに昼前にはそんなことを忘れていた。今月中旬は会議が多そうである。

 昼食をとった後に本日も睡眠をとる。幸いなことに邪魔されずに済んだので午後の調子は割とよくなっていた。

 半年前に作成した業務推進用のフォーマットが未だ社内に徹底されていないという話を聞いて何人かと相談していた。その中で関係者の一人が休職していたために全く動いていなかったということが分かった。休職理由は僕の病気と同じである。その人はもう何度も再発しているということで、さすがに責めることは出来ないな、と思ってしまった。

 うつが一番怖いのは再発の危険性がとても高いことと、やはり死に至る病であるということだと思う。「うつ病について」というページでは「うつは治ります。」と書いているけれど、本音は死に至る病を再発するリスクを抱えたままこれから生きていくんだ、と思っている。どこかの哲学者が「絶望は死に至る病だ。」というようなことを言っていたことを思い出すが、うつ病というのはそういう病気なのである。だから再発をしないようにやり方を変えようとしたり色々している。でもそういうやり方を気に入らない人や、人が苦しんでいることを喜んでいる人もいる。で今日はそういう人たちのことを思い浮かべ少し怒っていた。気が滅入るよりはましだとは思う。

 その後はいつもの業務を続けていた。色々変なところも出ているが、少しずつだけれども何か直ってきている様でもある。そういう状態になると、気分もよくなってきて、何か見えてきたかな、という気分になってくる。

 本日は少し早めの帰宅をする。明日業務移管の作業を行うので時間がかかるだろうなと思ったから今日は切り上げた。もっともその前に頭が疲れてきて動かなくなってはいたけれど。

 帰りにネットニュースを見ていたら、livedoor の株価が 100 円を切ったとか(事実上倒産状態でしょう。)、キヤノンのプリンターのインクカートリッジのインク詰め替えが特許に抵触するかという裁判だとか(キヤノンが勝ったので面白くない、インク代高すぎだと思う。)、小泉首相逆切れで支持率急降下だとか(半年前支持していた人たちは何故に急に不支持に寝返る。? ちょっと考えたらこうなることは多少なりとも予期できたはずだが。)、少しニュースに興味が出てきた。まあ今日だけかもしれないけれど。

 

2月2日

 ただいまとても頭が痛い。ちょっと仕事で考えすぎた。まあ明日一日乗り切れば 2 日間休めるから何とかなるかと思うが、今週はしんどい。

 昨晩ネットで興味のある記事を見かけた。いつものように佐野元春絡みなんだけれども、2 年ほど前のイラク人質事件で「自己責任」という言葉でパッシングを受けた今井さんのその後の活動についてである。彼は今も色々中傷などを受けているという。でもそれに対してすべてきちんと返事を返し、時には自分の足で相手に説明に行っているという。それだけでも凄いな、と思ったのだけれども、その行為を知ったフリーのジャーナリストが今井さんと向きあい、色々やり取りをしているうちに佐野元春のアルバム「THE SUN」が今井さんに対する励ましのアルバムになるだろうと思ってプレゼントしたら、なんと本人が既に持っていたということである。今井さんが元々ファンだったとは思わないのだが、彼も何かのきっかけでこのアルバムの凄さ、自分に対する軸足の機転にしているのかなと思うと、なんだか少し嬉しい。

 12 月辺りからやたらと佐野元春のことを書いているけれど、僕も基本的には自分の原点を見つめなおし、軸足を定めるためのような気はする。人に聴いてくれと強要をする気はサラサラないのだけれども、どうしても書きたくはなってしまう。

 昨晩の睡眠はまずまずだったが、明け方悲しい夢を見てしまったので、久しぶりに起きたとき憂鬱だった。何とか朝の支度をして、ルボックス & ワイパックスコンビを投与し、出勤をする。会社に着く頃には憂鬱感はほぼなくなっていた。

 本日は業務の移管をメインにしていたので、午前中はあまり活動的ではなかった。ただ業務移管も自分で分かりやすいようにデータは書き換えておいて、それを元に説明と引継ぎを行ったので、多分大きなトラブルはないと思っている。一応明日簡単に確認をしてはみる予定だけれども。

 本日も昼は睡眠をとった。今日も落ち着いて脳を休ませることは出来た。

 午前中辺りから昨日の書類フォーマットの件で担当者と度々調整を行う。で結論としては、復職直後に作成した案は破棄。すっきりしたものに戻すことにした。元々自分の案で作成したものではないし、今の状況では無駄以外の何物でもないからである。

 午後 2 時半過ぎから販売データのテストを行った結果をチェックしてみていて、神経を集中させすぎてそれで頭が疲れてしまったのが今頭の痛い要因である。

 夕方ちょっとトラブルがあったが、サイドからの攻め方を使ってみた。自分が前面に出るのは現時点では危険なので止めた。

 夕食は飽きの来ている惣菜だが、でも食べ始めてしまえばおいしい。野菜が高いから、キムチをよく食べるようにしている。一時期回虫騒ぎがあったが、そんなことはすっかり意識の彼方に飛んでいるので気にならない。

 

2月3日

 昨日「しんどい」と書いたけれど、やはり今日もしんどかった。気がつくとため息ばかりついていたし、昨日ほどではないが頭痛がしていた。今は食事も終わってストレスから開放されているから大分マシになったけれど、朝と、午後の後半はきつかったな、というのが実感である。

 昨晩も頭痛は残っていたので、ネットも適当にしておいて、22 時半には寝てしまった。以前だと早めに寝る時間がこの時間だったのに最近はこの時間が普通の就寝時間になってしまっている。本も読んでいないし、読もうかなと思いつつ気がつくと部屋の電気を消してベッドに入ってあっという間に熟睡である。

 朝は何時頃からかは分からないけれどいつものように眠りが浅くなり、本日は 6 時にトイレで目覚める。今週に入ってからはまた起きた瞬間から背中の凝りが復活しつつあり、気分が悪い。挙句の果てに起床時間にベッドから離れたとき、ちょっと気力の低下を感じていた。一歩間違うと抑うつ状態になりかけている感じがした。昨日と同じくルボックス & ワイパックスの投与で底上げできているので何とか持ちこたえたという気はする。

 今日も色々雑用が多く、どうしてもホストコンピュータがらみの仕事に集中出来ない。そうでなくても頭の回転が悪いので今日は半分諦めつつ、雑用の方を優先させていた。雑用なので業務推進できてしまうのである。

 雑用と言ってもトラブルがらみが多い。そのトラブルの原因は事なかれ主義で課題を解決しないままリストラにあって会社からいなくなった人たちの負の遺産が今になって現れて来ているのが実態である。20 世紀は事なかれ主義でもうまく行っていたと思うが、もう 21 世紀は事なかれ主義自体が大きなリスクになってしまっている。だからリスクマネージメントはきちんとせざるを得ない。でも僕の場合、最優先のリスクマネージメントは自分の健康なので、やはりそれを優先しないといけないかなと再度考え直した。で、業務増の分は半分疲れていて気力がなかったのと、半分いやみで上司にふって逃げていた。

 そんなことが頭の中にあったのかどうかは分からないが、昼食時におじさんの一人が「有休取らないの ? 」と聞くので、「休みすぎたから取れない。調子悪くても会社にくるしかない。」と返事していたら、上司が「調子悪いなら休め。」と言ってきた。そのときに無意識に「多分風邪で 38 度の熱を出すだろうからそのときに休みます。」と返事していた。後で考えると凄いいやみかつ後ろ向き発言だが、ここのところのいやな方法論での業務増を回避するにはしょうがないのかな、と思ってもいた。今抱えている問題を解決したらちゃんと仕事はシフトする気でいるのだから。そしてそれには周囲の人も上司を除いて理解していてくれているのだから。

 雑用の時にはちょっと気力を出して笑顔で対応していたりした。まあその相談を投げかけてくる人たちは僕に対して親切な人たちなので、そこは少しだけ配慮していた。

 業務の移管も、予想以上にスムーズに行ってしまった。その人の周囲の評判とは裏腹なのでちょっと驚きである。

 今日は節分の日ということで、珍しく世間で流行っている恵方巻を買って夕食にしてみた。まあ僕の背後には色々邪悪な存在がいるようなので、気分の問題だが鬼払いをしてみようかなと思った次第である。何だかんだ言っても巨大な海苔巻きなので、結構おいしく、お腹が一杯になってしまった。で、そのあたりでようやくフラストレーションから開放されてくるのを感じ始めていた。

 

2月4日

 普段は「 TV は見ない」といいつつもつけている。単に音を聞き流しているだけで頭の中にすら残っていない。で昨晩はそれすらもちょっと気分に乗ってこなかったので静かなバラードアルバムとかを聴いていた。当然ネットを見ながらである。結構これが心地いいのである。普段は自分を力づけるためにロックをよく聴くけれど、昨日は疲れを癒すために自然とそういう行動に出ていたようである。

 掲示板に書き込みしない代わりにちょっとばかり調べ物をする。引っ掛かることがちょっとあったのでざっとだが調べてみた。簡単にだが引っ掛かりが解決したので気分は悪くない。

 昨晩は 23 時に就寝しやはりすぐに熟睡に入る。朝はいつものように徐々に眠りが浅くなり、6 時にトイレで目覚めてしまってからは眠れず、しかもアラームを消し忘れていたので平日と同じ時間に起きる羽目になってしまった。でも「まだ起きちゃうの早い。」と思ったので再度ベッドに入り込んだら何故かそのまま熟睡してしまい、9 時まで寝ていたので、結果的には睡眠が十分取れたことになり、今朝はすっきりしていた。

 朝食を食べたあとは掃除と洗濯を早々に行ない、外出する。そろそろ花粉症のシーズンが始まりそうなので耳鼻科に行くことにしていたのである。本日はメンタルクリニックの通院日でもあるから、病院のはしごである。

 去年までは近所の内科に通っていたが、今年はどちらかというとメンタルクリニックに近い耳鼻科に行ってみることにした。毎年辛い思いをしているので症状緩和を考えて色々試しているところである。早めに出たつもりだったが、耳鼻科はかなり混んでいた。ちょうど風邪やインフルエンザの時期とも重なるし、天気予報でも「そろそろ花粉症の方は対策を始めたほうがいいでしょう。」と言っていたくらいだから大分待たされた。メンタルクリニックの予約時間もあるからちょっとあせりもあったりする。特にパッチテストは行わなかったが、とりあえず医者曰く「軽い」抗アレルギー剤を処方してもらう。まだ炎症は起こっていないようである。

 続けてメンタルクリニックに向かう。こちらも何故か知らないけれど混んでいた。で待たされるわけでこんなとき医療機器に影響を及ぼさないと言っても過言ではない PHS でのネットサーフィンがいい時間つぶしになる。新機種になって電波の捕まえ方も相当改善されているので、ビルの奥にあるクリニックでも十分に使えたりする。前の機種だとギリギリ使えたり使えなかったりしたものだが。

 診察ではここ 2 週間の日記には書いていない色々な精神的疲労とか、現実を正直に話をする。主治医曰く、「上司と喧嘩することもないですが、出来ないと思ったら仕事を断ることが必要ですよ。」と最近自分で忘れがちだったことをアドバイスしてもらい、そうだよな、と思ったりする。で昨日のことを考えるとやり方は良くはないが、結果としては間違っていないと思ったりする。

 昼食は何にしようかなと考える。今日もラーメンかなと思ったのだが、気が変わってハンバーガーを食べることにした。普段足を向けないモスバーガーに行ってみた。本当に気まぐれである。でもマクドナルドの個性とは違った味が楽しめるよなとか思っていた。

 先週でかけたときに我慢していた本を結局買ってしまった。「感動禁止 ! 」も読んでいないのに...。橋本治著の「乱世を生きる」という本で「上司は思いつきで物を言う」の続編とも言える本である。「上司は〜」は、組織責任者がいかに馬鹿かを説明した本で、まあ下っ端には面白い本であるが、当の組織責任者が読んでもいい参考書になると思っている。馬鹿と書いたが、当人の問題ではなくて、組織論として自然と馬鹿にならざるを得ないという趣旨なので勘違いのないように。

 家に帰ってきてからはそろそろ確定申告の時期なので医療費の領収書の整理を行ってみた。1 時間はかかってしまった。整理だけなので申告書の記入もしていない。でも整理することで明確化されてきた部分があるので後が楽になる。

 午後のお茶を飲んで、洗濯物をたたみだした頃から頭痛がし出した。昼間ワイパックスを服用し損ねたのも原因のような気がするが、領収書の整理で疲れたのかもしれない。ちょっとすれぱ夕食と薬の服用の時間なので、我慢していた。

 夕食は早めに取り、少しお酒も +α 飲んだ。頭痛対策の意味もある。感覚を鈍らせようということである。食後の薬は花粉症対策の坑アレルギーも加わったのでややこしさが増した。ちゃんと管理しないといけない。

 

2月5日

 昨晩はちょこちょこ掲示板に書き込みしていたりする。メンタルヘルス板ではなく、自分の趣味の話題で書き込みしていた。頭痛が段々軽減されてくる代わりに首筋が凝りだすのを感じてしまい、つまりは首の凝りが血行障害を起こして頭痛を引き起こしていたのね、ということに結論付けたりする。

 せっかく買ったので「乱世を生きる」をぱらぱらめくって見る。なかなか内容的にも面白そうである。パラパラめくった中で興味を引いたのは「勝ち組」、「負け組み」の概念である。詳しく読んでいるわけではないが、「勝ち組」の概念は実は強いリーダーシップを求める大衆が生み出したものだということのようである。大衆はそれにただぶら下がって行きたいという意味合いのことが書いてあった。

 僕個人は強いリーダーシップは不要だと思っている。度々小泉首相を批判する記述をしているが、それは彼が強いリーダーシップを演じて見せているからである。今の世界を考えたらただ一人の人間の強いリーダーシップ論にぶら下がって何も考えずにくっついていくのはとても危険な思想だという思いがどこかにあって、それが彼に対する批判につながってくるわけだが、どうもこの本あたりでそれを明確化させてくれそうである。

 睡眠は実にいい状態だった。入眠はよく、朝も部屋が明るくなってきて目が覚めたら 7 時だった。トイレに行きたいわけでもないのでまたうとうと寝て 8 時になったのでベッドから離れた。相変わらず首、背中、腰の凝りはあるものの、気分はすっきり。いい朝である。

 少しネットゲームで遊んだ後、食料の買出しに出かける。今日も寒い。何で、というくらい寒い。とっとと必要なものだけを買って早々に家に戻る。でも塩だけは少し悩んで味のよさそうなものを選んでみた。

 家に戻ってきてからは久しぶりに懸賞の応募葉書を書いたり(最近は全然当たらないけれど)、して午前中は終了。簡単に昼食を取った後、午後からは映画 DVD を観る。最近「スタートレック・ディープスペースナイン」を観ていない代わりに今日は映画版の「スタートレック」を観ていた。僕がファンになり始めた頃に観た作品で、当時はキャラクター設定とか全然分からないで観ていたから作品の雰囲気しかつかめなかったが、今回改めてみると結構重たいテーマを描いていることに気付いた。テーマは「喪失」についてだと個人的には思っている。面白かったので普段は観ない特典映像も少し観てみる。削除されたシーンは特に興味深いもので、レーザーディスクで持っているのにわざわざ買いなおしたのはこれが目的だったりする。僕の場合、普段は金の無駄なので買い直しはしないが、作品に思い入れがあってかつメイキング映像に興味深いものがある場合のみ買い直しをする。結局アカデミー賞を総なめにした「タイタニック」は思い入れに欠ける作品だったので買い直さなかった。「ターミネーター2」みたいな再編集版だったら購入も考えたのだが、そうではなかったので止めた。何か日本盤も限定生産品の癖に売れ残っているみたいである。一時期大騒ぎして感動していた連中は買わないのかな、と思う。

 ちょうど DVD を観終わったらお茶の時間なのでいつものようにコーヒーを飲んで、いつものようにレビューを書く。とにかく書いてみる事自体がちょっとしたトレーニングなのかな、と思っているので書いている。何のトレーニングかといわれるとよく分かっていないのだけれども、どこかで何かの役に立つだろうと思って書いている。

 そうこうしているうちに夕食の時間が来るのでいつものように野菜炒めを作る。昨晩は塩加減を間違えて塩辛すぎたので今日は控えめにしたら、今度は味がなくなってしまった。でも食べているうちに野菜本来の味が感じられるようになっていたのでそれはそれでよしとするか、という気持ちで食べていた。乾燥していることもあると思うが御飯は何故か硬めに炊きあがってしまう。もちろん硬めの御飯もおいしいのだけれどももう少し水加減を考えてもよかったかなというところである。

 

2月6日

 昨晩もネットは軽めにしていて、掲示板の書き込みは少しだけにしておいた。最近アドバイスする内容があまりないからである。その後暇つぶしで少し占いなどをしてみたが面白くない結果ばかりなのでとっとと PC の電源を消して「乱世を生きる」を読み出し始めることにした。出だしからして面白い。書いている著者自身が何のテーマについて書こうか分からないまま書き始めてしまっているからで、分からないから書いているうちに分かってくるということらしい。

 昨晩も 22 時半には就寝する。入眠はよかったが、明け方はちょっと眠りの質が良くなかったようだ。月曜ということでいきなりストレスになっているのか、起きた瞬間から腰が痛い。また消炎剤のお世話になってしまった。

 会社に行ってルーチンワークをしてから、自分の業務と、業務移管の手続きを交互にやっていた。業務移管の難しいところは、自分では理解していても相手には全く理解できない、ということだろうと思う。それなので、以前の僕だったら相手を急かしていたところだが、あえて抑えて相手のペースに合わせるようにしていた。まあそれでも色々ミスは発生するので、最終的にはいくつかフォローを入れざるを得なくなる。それでも自分一人で抱えるより実は楽な部分もあるのに気がついたりする。何故かと言えば人のやったことのチェックだけだから、自分に対するプレッシャーが減っているのである。一人で行うと、データの入力から確認まですべて自分の責任になってしまうが、データの入力部分がなくなっただけでも精神的に楽だと言える。まあまだしばらくは色々フォローは必要だろうと思うけれど。

 2-3 週間前には円高になっていたかと思ったら、最近は再び円安になってきていて、個人的には嬉しかったりする。

 昼食は鮭の西京焼きを食べた。肉ばかりだと食のバランスを崩すから魚にしてみた。昼食後は当然寝た。ワイパックスとかの副作用もあると思うのだけれども、元々人の生理学的には昼寝を取るようにできているそうなので、食後の居眠りはいいのである。

 本日は少し定時を回っても仕事をしていたが、まあ適当なところで切り上げる。午後はやはり疲れてくるので、できるだけ伸びをしたり、席を外して外気を吸いに行ったりして疲労度合いを減らすよう気をつけていた。

 帰りにネットを見ているといくつか気になるニュースはあった。一つは松本のサリン事件で容疑者扱いされた河野さんの講演会のことで、マスメディアに対する猛烈な異議申し立てをしていたということである。当然のことだろうと思う。何でも未だに容疑者としての烙印を押されてしまっている面があるらしく、色々生活に不都合が出ているようだ。まさに「ご臨終メディア」の世界である。

 もう一つは若年層の就職の困難さについての記事で、相変わらず氷河期時代らしい。元記事が読売新聞ということなのでニートの概念を一義的にしか見ていないが、確かに 20 代の若者が就職しづらい状況は変っていないということである。先日も有効求人倍率が 1 倍を越した、という景気がよくなったかのようなニュースが流れていたが、内訳を見ると、正社員の求人倍率はとても悪く、派遣社員とかの求人倍率が 1.5 倍以上になっているがために表向き 1 倍になっているということなので、全然景気はよくなっていない。本当にこれでいいのか、と思ってしまう。

 夕食を食べながら「うつからの社会復帰ガイド」をちょっと読み返してみていた。どうしても昔のように動こうとしてしまってなかなか症状が改善しないから、戒めの意味も含めてポイントを抑えていた。でも夕食は楽しんで食べていたけれど。

 

2月7日

 昨晩気になるニュースをネットで見かけた。ティーンエイジャーのリストカットが増加しているという。リストカットというと分かりづらいが、手首を刃物で切る、といったら話は早い。最近はキレるおじさんが多くて、若者がキレるというニュースはあまり聞かないような気がするが(そういうニュースを流していないだけだとも思うけれど)、若者のキレ方が他者ではなくて自分に対してだとしたら、これはこれで問題だというのが今の認識である。精神的に少し問題が大きくなっているのではないかという気がしてならない。

 メンタルヘルス関係の掲示板に出入りしていると、よくうつ病で苦しむ人がリストカットをして自殺を試みようとするが、大抵は失敗するという書き込みを目にする。つまり手首を切っても人はそう簡単には死なないのである。その自殺未遂が更に自分を追い込んでしまい、症状悪化、というパターンのようである。だから希死念慮が起きても何とか死を選ぶことだけは思いとどまってほしいと思う。そう書いている自分も危ないものだが、過去何度も死を意識してきて今に至ると、何かそう簡単にこの世を去ることはないのではないか、という気すらしてくる。何かあるのだと思う。何かは分からない。分からないから生きている。

 そのメンタルヘルス掲示板には昨晩は少し書き込みをしてみた。ほんのちょっとしたアドバイスである。

 シャワーを浴びて本でも読もうかなと思ったが、眠かったので更に早く睡眠に入る。どんどん就寝時間が早くなってきている気がする。子供みたいだけれどもまあ気にしない。元々人は夜は寝るものだから。

 ちゃんと寝たつもりだったが、昨日の気をつけていたにもかかわらず疲れが残ってしまったようで、また頭は重い、胃はむかつく、挙句の果てに今日は腹筋が凝っているというシャレにならない状況だった。天気が悪いのも影響しているのかもしれない。日の光を浴びるだけでも少し違うものだが。

 午前中は自分の仕事が出来るかと思ったが出来なかった。止むを得ないことなので、別の仕事を優先させていたが、その仕事は結局過去の担当者のミスのあおりを今受けてしまっているためなので、面白いものじゃない。文句言ってもしょうがないから黙々とそのミスを修正する作業にいそしんでいた。

 昼食は最近シチューを食べることが多い。寒いからということと、野菜が満遍なく入っているからという理由でよく食べる。味はそこそこだが、体は温まる。本日も食後は昼寝を取る。

 午後は月初め恒例の会議である。今日はとにかく時間が長かった。発表内容が多すぎるからで、そうなる要因はうまく業務がうまく行っていないからである。だからその原因説明が多くなる。業務がうまく行っているときは当然発表内容は少なくなる。ここで問題なのは「業務がうまく行っているときに問題はないのか」ということである。実は業務がうまく行っている時でも問題は内在しているのである。ただそれを無視できるパワーで業務が回るからその問題は見過ごされたままである。そして業務がうまく行かなくなり始めるとその問題が顕著化してくるということなのである。だから本当は業務が回っているときにこそ問題を発見して解決しておかないと後でひどい目にあう。

 会議終了後は少し休憩を入れて会議のまとめ資料を作り始める。午後は少し調子が回復してきたのと、会議によるストレスから開放されたこともあって比較的穏やかに仕事が出来た。

 本日も適当な時間に会社を後にし、夕食を買って家に帰る。最近食べていない納豆が美味しく、些細な満足感を得る。

 

2月8日

 昨晩は紀子さんの妊娠の話題ばかりだった。まあそれはおめでたい話でいいことだと思うのだが、「ご臨終メディア」的に言えば、「何で宮内庁の公式発表前に報道がされてるの ? 」である。多分宮内庁の誰かが意図的にリークしたのだろうな、と思う。ここのところ皇位継承問題がニュースになっていたから。で、先ほどのニュースで小泉首相、先日言っていた事からまた論理のすり替えを行なっていた。この前まで「今国会中に問題解決を図る。」と言っていたはずなのに、今日はいきなり「慎重に議論する。」に変っている。それを突っ込まないマスコミは言わずものがなである。

 正直皇位継承問題は男女どちらが天皇になってもいいのではないかと個人的に思っている。所詮僕には縁のない世界だからどちらになっても自分の生活には多分影響がないとしか言いようがないからである。

 昨日は少し「乱世を生きる」を読み進めた。なかなか意外な展開になるので面白い。勝ち組は誰かと言うと、エコノミストで、負け組みは日本経済そのものだという説が書かれてあってユニークな展開の仕方だな、と思ったりする。でもその理論にはちゃんと納得いくものがあってバブルがはじけた後に何もしなかった人たち = 負け組み予備軍だが負け組みではない隠れてしまった人たちと言う説が「なるほどね。」と思ったりする。

 ということで就寝時間は 23 時少し前。ちゃんと睡眠はとれて、朝は「トイレに何となく行きたいけれど我慢しよう。」ということを 2 - 3 回繰り返した後に起きたら起床時間に近かった。何となく凝りは残っているが、気分は爽快である。空も晴れ渡っていている。

 今日はほぼ昨日の会議の議事録まとめで終わった。多くの人が色々説明するものだから何を取捨選択するのかが面倒である。もっとも慣れちゃったから、手間はかかるが精神的には楽だった。

 昼食後、昼寝を取っていると、その上司は「寒い。」と言って窓を閉めてしまった。女性陣が空気が悪いから言う理由で休憩時間は窓を開けて換気しているのに困った人である。大体今日は結構暖かかったと思うけれど。

 夕方他の人に移管した業務でトラブル発生する。まあ僕の指示の仕方に少し問題があったので、自分で事態解決をしていたりする。ただその指示も本当のあり方からしたら僕の方法論でないといけないはずなのだけれども社内の仕組み上それは駄目になってしまうので困ったな、というところである。社内の仕組みが「何もしないことが問題を切り抜ける方法である。」という前提で動いているから本当に困ったことである。

 とりあえず神経を使う会議とそれに付随する業務が一段落着いたので、夕方はあまり疲れず気分よく帰れた。まあまた明日は明日で別の仕事があったりするのだけれども。

 

2月9日

 昨晩シャワーを浴びようとしたらお湯が出なかった。何でかと少し考えて思い出した。水道工事のために断水があったことを。まあ夏じゃないのでいいかと思ってとりあえず「乱世を生きる」を読んでまたまた面白いな、と思ったりする。昨日読んだ部分では小泉首相の話が出てきて「彼の言う改革とは郵政民営化が是か非か。ということしかない。」とか、彼に造反した議員は負け組みだが、その他の議員はどうかというし何もしないその他の人たち、つまり負け組み予備軍で実のところ自民党は何も変っていないので反省がないだとか、さすが作家という人たちは面白いことを書くな、と思ったりする。もっと面白い部分もあるのだけれども、ちょっと後で書いたりする。

 そのまま寝てしまって朝は 6 時半ぐらいに目覚めたので珍しく朝にシャワーを浴びてみる。目は覚めるようだが、やはり寒い。風邪引くこともあるのかもしれないな、という気もしてくる。

 本日の会社の仕事はまた急遽入った物で、最初はどうするのか考えていた。しばらく考えた後に業務を依頼する部分は文章をまとめてメールで依頼をし、その他の部分はとりあえず自分で色々な資料を探したり人に聞いたりしながら作業をしていた。まあ考える仕事であるが、ある程度データがあれば作れてしまうものなので、途中からは割とあせらずにじっくり考えつつ、文章を作っていたりした。もっともこんな業務の入り方ばかりで最近自分の本来の業務が出来ていない。言ってもしょうがないが困ったものである。

 その上に今日は女性陣の不満を聞くことも多く、何か本日は半分現場担当者ではなくなっていた。不満の要因はいくつかあるが大まかに言えば一つに集約される。権力を持った人に対する不満である。まあそれは言われても仕方のないことをしているし、僕も被害を被っているからかなり不満なのだが、この人に何を行っても無駄という気がするから適当にやり過ごしたい。ここで「乱世を生きる」の話につながってくるのだけれども、この人の場合、とにかく結果ありきなのである。で結果を出したから権力を持つようになるわけで、そうして「勝ち組」と認定されてリーダーになれるかというと「ただのシステムの一員になってしまっている。」ということでしかなく、「部下を率いているのではなく、システムの一員となってしまった他の楽をしたい人たちを率いていっている。」ということになるから、この人と話をしても無駄になってしまうのである。でも現在はそのシステムが壊れかかっているのだからシステムの一員になりたくないな、と思ってしまう訳で佐野元春流に言えば「俺は君からはみ出している」ということになってしまうのである。

 午後は珍しく自分から情報部門との打ち合わせを行なった。先のことを見据えての動きだったが、心配していたほどではないようなので一安心である。

 今晩はまた飲み会があったが、前回の時の飲み会でひどく疲れたので、今回は断った。本当はある人のために顔を出しておきたい気持ちもあったのだが、それ以上に時間のルーズさに嫌気が差していたので、止めてしまった。当人には一言お詫びの言葉を入れておいた。でふと考えたのだけれども女性の出席者は M さん一人である。辛くないのかな、と思ったりする。

 飲み会に行かないから普段どおり家に帰って夕食を食べて今日記を書いている。明日一日乗り切ればまたリラックスできると思うとちょっと嬉しい。

 

2月10日

 昨晩はふと思い出したら佐野元春のライブトークがインターネットで配信される日だった事を思い出した。飲み会を欠席してしまったが、結果的には興味深い話が聞けたので、良かったかな、と思う。DJ はラジオでおなじみの山本シュウさんで、最初はファンからの他愛の無い質問に対しての話だったが、後半は割とまじめな話になっていた。後半のテーマは「次世代に何を伝えていくか。」というテーマである。山本シュウさんはお子さんがおられるので当然自分の子供に対する事になってくるし、佐野元春の場合はいい曲を書くのに売れないアーティストに対する育成という事になる。では僕はというと先日友人たちとメールで珍しくまじめな議論をしていたのだが 20 代に対する育成が必要かな、というところでは意見が一致していた。自分より上の世代には誰も期待していないところまで一致していたのにはちょっと驚いたが、まあ長い友人関係を気づいていけているというところは、本質が似た部分があるのだと思う。

昨晩も 23 時少し前に就寝し、いつものようによく寝たと思う。ここ数週間ストレスと疲れで週末は体調不良になることが多かったけれど、珍しく今朝はまずまずの状態で、それは一日中続いていた。

 本日はようやく自分の仕事が出来た。邪魔も入らず、かなりリラックスした状態で作業できたので疲れないし、頭の回転も良くなるからいろいろ工夫も出来る。で結果的にはいろいろ分かってきたり、業務改善案が出てきたりするのである。僕の考え方からすれば、その人のペースと一番やりやすい方法で仕事をしてもらったほうが一番効率が良くなると思うのだが、どうも会社というシステムはそうは考えないようだ。で結局は会社というシステムは自分で自分の首を締めていることになるのだけれども。かなり前から無駄だな、と思っている。

 PHS の e メールのシステムが 4 日間ほど障害が続いていて、本日ようやく解消されたようだ。折角追い風が吹いていたのにイメージダウンにならなければ、と思う。僕は携帯 e メール自体あまり使わないし、Willcom の PHS は契約にもよるけれど、自宅 PC のメールをそのまま端末で使う事も出来るから全く困る事はない。ただ、新規に加入した人からしたらそういうことは分からないからクレームつけるだろうな、と思ったりする。

 女性陣の不満は今日も溜まっていて、僕に色々けしかけてくるのだけれども、適当に相手していた。大体これまで自分でそういうことに対して直球勝負しすぎたから精神に異常を来たしたのであって、又そこで直球勝負をしてもしょうがないだろうと思う。直球勝負をしたところで相手には効果ないどころか逆効果になるのは目に見えているから、変化球を探しているところなのだが、気づいてもらえないところが寂しいな、と思う。僕がやろうとしている事は乗り越えなれそうも無い壁があったら無理に乗り越えるのではなく、どこかにあるであろう扉を探すか、どこかにあるだろう壁の切れ目を探すことだろうと思う。

 本日は珍しく実家に帰った。気まぐれで帰ったのだが母が今週調子が悪かったようで、父も大変だったようだ。天候が変わりすぎるのかもしれないとは思う。天気予報が外れまくっているので気象庁にはクレームが殺到しているという。夕食は一人じゃわびしくて食べる気になれない鍋でこういう料理は何人かで食べるのが美味しいものだと思う。

 

2月11日

 最近実家に帰った晩はあまりネットを観なくなった。時間の関係もあるし、PC の使いづらさも関係している部分がある。自分の使っている PC と違うものだと勝手が違ってキーを叩くテンポがとても悪くなってしまうのである。そんなところなので、日記だけ書いてお風呂にゆっくり入り、実家に色々置いてある本をちょっと読んでから寝た。昨晩もちゃんと睡眠がとれたので、今朝もすっきりである。一度 7 時にトイレで起きたが、また寝て 8 時に起きるといういつもの週末のパターンになっていた。

 今日は建国記念日ということだが、その内容について深く考えることもなく、単に「土曜と重なってしまったので休日が一日損した。」という感じしかない。本当は少しまじめに考えた方がいい気もするが、それは正月に行ったので今日は止めにした。

 実家にいるということは洗濯も掃除もしないことになるので、午前中はレーザーディスクプレーヤーをいじっていた。正月にネットで思索していたのはプレーヤーが動作しなかったことも多少関係ある。今朝はとりあえずケースを開けて中を見てみた。どうもギアとかのグリースが塗ってある部分に埃がこびついていたりして動作不良を起こしていたようである。それらを取り除いてディスクを入れたらちゃんと映像が出てきたので、午前中と午後まじめにではないが映画を見ていたりして過ごした。

 午前中見ていたのは「デッドマン・ウォーキング」という映画である。1 月の日記に死刑制度のことについてちょっと触れたが、そのときに 10 年前に観たこの作品のことを思い出したのでプレイヤーにかけていたということである。内容はかなりシリアスである。人が人を裁くことの重さをちゃんと描いている。よく殺人事件が起きると被害者の遺族や、良識派といわれる人たちは「加害者を殺したい。」と言うけれど、この作品をじっくり観たらそう簡単に言うことは出来ないと個人的には思っている。まあ後数年で日本でも一般市民が犯罪者を裁く陪審員制度が始まるから、少しは考える人も出てくるかもしれない。それを極端にいうと「ご臨終メディア」での「被害者の遺族が加害者を出刃包丁で殺させるような法律にすればいい。」という暴言になってしまうわけだけれども。

 昼食は珍しく車でパスタ専門店に食事に行った。変なバスタ店に行くと、オリーブオイルとかがギトギトしているが、今日行ったお店はちょっと変っていて、あまりそういう感じがしなかった。ランチメニューだが、ちゃんとデザート付きなので満足してしまった。天気もいいから窓から眺める景色も「穏やかな冬の午後」を連想させた。

 午後はまた適当にだが「シャイン」という映画を見ていた。実在のピアニスト、デヴィッド・ヘルフゴッドの半生を描いた映画である。これが自分と重なるところがあって、彼は様々な事情から精神に異常をきたしてしまうのであるがそこから回復していく、というテーマなのでなんか共感してしまっていた。彼のきたした精神の病気が何なのかはよく分からないが、これまた 10 年前の作品が身近に感じられるとは思ってもみなかった。

 僕のこだわりでいえば、この「シャイン」という映画、輸入盤レーザーディスクの再プレス盤のみが監督の意図した映像が再現されているという曰くつきのビデオで、初回プレス版は監督自身が「自分の意図した映像になっていないから。」という理由で回収してしまったというアメリカにしては珍しいことが起きていたのである。だから当然 DVD 盤や日本盤は監督の意図した映像になっていない。

 夕方になってから実家を後にし、家路に着く。昨日の夜と今日の昼が質の高い食事だったので、夕食は平日と同じ惣菜パターンに落とした。で、夕食にその惣菜を食べると、昼との落差が大きすぎてまずい、とまではいわないけれど、やはり不満足になってしまう。いつも寄っているスーパーとは違うスーパーで買ったから少し味は違うけれど、どんぐりの背比べだな、と思いつつ、それでもそれなりに食べていたところである。実は一番おいしかったのがキムチだったりするところが何とも、というところである。

 

2月12日

 昨晩は映画情報番組を観たりした後にネットでの掲示板に色々書き込みをしていた。今別のアクションをネットで少しだけ起こしていて、これが何かにつながるだろうということから時々やっている。メインストリームではない、サブストリームとしての位置づけになるものである。

 昨晩も寝る前に本を読んでいたが、面白すぎて止められなくなってしまい、就寝したのが 23 時半になってしまった。朝はその割には早い段階で眠りが浅くなり、7 時過ぎにトイレで目が覚めたら眠れなくなったのでそのまま起床してしまう。また昨日とは打って変わってとても寒い朝でかつ風も強い。これでは体が追いついていかないな、と思う。そのせいかやはり腰から背中にかけて多少の凝りを感じていた。

 早く起床してしまったから、早く洗濯をして掃除を行ってしまう。寒いけれど換気は必要だし、埃も払いたいから窓は全開にしていた。運良く風は部屋に入ってこなかったのでひどくはない。

 食料の買出しに出かけるときにセブンイレブンの看板や、デニーズの看板が変っていることに気付く。確か経営統合したっけ、と思い出し時代の変化を感じてしまう。

 本屋でまた面白そうな本を見つけた。買わなかったけれど、「1000 円を拾うな。」というタイトルの本で、パラパラ見たところ、「週休 3 日制にして時間的に仕事をできない状態にすることで別の業務方法論を考えよう。」だとか、「優秀な人には仕事を振るな。」とか、なかなか面白いことが書かれていた。要はゆとりが出来ればいいアイデアが出てきて物事がうまく行くようになるからそのような状況を作って行こうという、僕自身が感じている内容なので、面白いな、と思った次第。ただ、後半のファッション論ではイタタの部分である。ファッションに対してあまり関心がないから少し考えてみるかな、と思ったりする。

 昼食は実家からもらった餅が大量にあるので力うどんならぬ力蕎麦にしてみた。何か合わないが、まあいいかというアバウトさで食事を取っていた。

 昼食後は久しぶりは「スタートレック・ディープスペースナイン」を観ていた。今回のストーリーもテンションが高い。「スタートレック」の世界では無名の脇役キャラクターが出てくると大抵は殉職してしまうのだが、今回もそのパターンである。しかし、かなり悲壮感が漂ってくる展開なので今回だけのゲストキャラなのに感情移入してしまう。また、シスコ司令官のラストの言葉も印象深かった。「司令官たるものは部下とは感情的な距離を置かないといけない。」と。でも現実はそうでもないし、ドラマの中のシスコ司令官もそうではなかった。現実の方はもっと感情論で動いている人が多いかな、と思ったりする。

 先週医療費の領収書を整理したので今週は確定申告書の記入に取り掛かったが、書き方がさっぱり分からない。結局国税庁のサイトに行って申告書自動作成サイトで指示に従って作ってしまった。出来てみると、何がどうなっているのかがよく分かるが、税務署が送付してきた申告書と説明書ではさっぱりだった。元々会社員のためだけにあるものではないからしょうがないのかもしれない。

 お茶を飲んでから洗濯物をたたみ、PC のソフトのアップデートをして、ようやくゆとりの時間が出来た、という感じである。

 そういえば livedoor の事件の関係で東証が livedoor の上場廃止を決定したというニュースと、個人投資家達が東証に対して強迫電話等をしているというニュースを見た。前者について言えば、整理ポストでの 1 円 2 円の値動きで投資をする人もいるのだろうなとは思う。後者については、悪いけれど、自分の責任としか言いようがない。投資というものはリスクを伴っているのだから。それを煽ったマスコミにも相当の責任があると思うが連中はそんなことを感じるわけもないのでやっぱり自己責任であるとしか言いようがない。

 夕食はエビチリならぬエビマヨを食べた。チリソースじゃなくてマヨネーズがかかっているからエビマヨ。意外とおいしいものである。何かイメージだけだとゲテモノ料理になりそうだが。

 追記:ほんとうは夕食の部分で本日の日記を止めるつもりだったけれど、三食ネット付氏が久しぶりに掲示板に書き込みされていたので、追加で書きたい。ここのところ「待ち組み」という言葉を小泉首相辺りが使い出していることに対しての彼の激怒がよく伝わってくる内容だったので、僕も一言書いておきたい。多分この言葉を生み出したのは小泉首相のブレーンである飯島秘書官であろうと思われる。そしてこの言葉は今僕が読んでいる「乱世を生きる」の中の「勝ち組」、「負け組」の概念と妙ににつながっているように感じられてならない。その概念を微妙にずらして話を擦り替えているものと思われる。やはり小泉首相とその側近はこのままにしておいてはいけない存在だと言っておきたい。

 

2月13日

 昨日の追記について相当の補足。「待ち組み」とは「フリーターやニートなど挑戦しないで様子をうかがう人だ。」という意味の造語だそうで、負け組みをフォローするかのような意味合いで使い出している。これについて異議を申し立てる。「乱世を生きる」の概念によれば、政治の世界での勝ち組は自民党内で「郵政民営化法案」を是とした小泉純一郎であり、負け組みは同じく自民党内で「郵政民営化法案」を否とした議員たちである。では残り多数の議員たちはどうかというと小泉純一郎にただぶら下がっている本来なら負け組みになるべき人たちである。つまり何も挑戦しない「待ち組み」である。それを「待ち組み」議員の猪口大臣ごときに言われる筋合いはない。自分の言っている事の自覚もないままこういう言葉を使うべきではない。そもそも負け組み概念ですら、三食ネット付氏の見解からしたら、リストラ等の恐怖におびえサービス残業等を余儀なくされている正社員や、その正社員を恨めしく思っている派遣社員たちのガス抜きとして勝手に作り出した物だと思う。それを更に余計な概念を持ち込むとはさすがに頭にきてしまった。

 話はこれだけに留まらない。彼は僕が嫌いだと何回も書いている体育会系前向き精神論の否定を肯定する記述をしてしまっていた。どんな理論を持ってしても精神論で話を片付けられたらそこで話は終了である、という意味合いだったと思う。日曜の夜にまた思索にふけることになるとは予想外だったが、怒りで変な気力が湧き出してしまった。

 そんなわけで寝付きも悪いし、朝は起きた瞬間から機嫌が悪い。昨晩の怒りが継続したままだった。

 そんな状態で会社に行き、ルーティンワークを行う。途中色々問い合わせが入るのだが怒りを押さえながら対応するのにちょっと苦労していた。

 途中本来なら負担増になる業務のメールも大量に入っていたが、色々な理由から放置していた。出来ないものは出来ないので、お手上げ状態にしていたのである。これもある意味壁を正面から乗り越えない方法だったな、と今になってみるとそう考えられる。

 もっともそれをやるということは人に迷惑をかけているということであり、お詫びはしておきたいとは思うが、昼間はとにかく怒りが継続していたのでそんな気持ちは微塵も浮かんでいなかった。その割には人によっては豹変したように愛想良く応対している時もあるので、よく分からん。

 夕方、周囲の人が帰った後、そろそろ帰ろうかなと思ったら上司が話しかけてきて、一定の距離を置きながら話をしていたが、ちょっと面白い方向に展開していきそうなニュアンスが感じられた。つまり壁を脇から回り込んで突破してしまうような。でもそのためにはやはり正攻法で乗り越えなければいけない壁が 2 段階ぐらいありそうだけれども。うまく行くと、いい方向に進みそうな気はする。

 そういえばオリンピックが始まったらしい。というか今 TV で放送しているが、当然見ていないから意識の外である。いつも不思議に思うのは、映像コンテンツで目玉といわれているものは二つあって、一つはスポーツで、もう一つは映画なのに、映画について大騒ぎをしているのを見た事がない。スポーツの方は大きく騒いでいるのに。映画は現実の社会を映し出しているちゃんとした大人の観る物なのにな、と思っているのだが。

 

2月14日

 最近、でもないけれど、ずっとしばしば頭をかすめる言葉がある。例により「ご臨終メディア」からの受け売りなんだけれども、「憎悪と善意は反転する」ということである。ここのところこの言葉を実感する出来事が多く、つい考え込んでしまう。まあこれは職場の人間関係に起因しているのだけれども、善意のつもりで行っている出来事が(自分も含めて)憎悪になっていることもあるし、ある人に対する善意が他の人に対する憎悪の裏返しで実はある人にとっては迷惑になっていたり。何とかならないのかな、と思ったりはするものの、自分自身がそこまで達観できるほどには成長していないからちょっときつい毎日である。また富野監督の「ニュータイプ論」を意識して考えないといけないかな、と思ったりする。無意識のうちにはやっているつもりなのだけれども、もう少し意識しないといけないみたいである。

 三食ネット付氏が、自分の発言をまとめたサイトを作った。まあこれを見れば少なくとも 40 代以上の人間は激怒するよな、と思う。いや、30 代でも激怒する人が多いかもしれない。彼の考えていることって典型的日本人の発想ではないからで、僕が正月に思索にふけることになってしまったのも自分が社会人になってずっと感じ続けている違和感をちゃんと代弁してくれていたからだと思っている。違和感自体は、「繰り返し繰り返されてしまって」来ているので軽減はされているけれど、全くなくなったわけでもなく、やはりちょっとしたことで再び頭をもたげてくる。以前だとそういうときはかなり感情を露わにして真正面からぶつかっていったと思うが、どうやってもうまく行かなかった。そんな訳で不満はあるものの、今の上司との関係については真正面からはぶつからない、と決めているのだが、どうも女性陣からしたらそれが不満らしい。そりゃ、女性陣からしたら、僕が顔を真っ赤にして上司をどなったら気分いいだろうと思うが、それはそのときだけの満足でしかなく、その後を考えると事態は更に悪化するということは目に見えている。だからどこかの誰かが歌っていたように「少しだけやり方を変えてみるのさ。」と思っている。ついでにいうと僕は怒鳴っても気分はすっきりしない。我慢しようが怒鳴ろうが同じで、むしろ怒鳴ってしまったことを後で後悔していることが多い。で普段はあまり怒鳴りたくない。幸いなことにルボックスの副作用で怒鳴るという感覚があまりなくなってしまっているのが救いかもしれない。

 昨日の就床間近に少し仕事を頑張ってしまった悪影響で、寝付きが今ひとつで、朝も不調であった。不調は朝だけでなく、何か一日中続いていた感じで、いつものように頭が重くて頭痛がする、という類のものである。

 朝一番で会議に出た後は、ルーティンワークに戻ったが、そんな状態なのでペースが悪い。こういうときは無理しないのである。大抵は次の日には体調が復活して今日の不調分を取り戻していたりするからである。

 昼食時に、メンタル系の病で休んでいた人とすれ違うことが時々ある。直接の関係はないが、全く知らないというわけでもない。で彼の顔付きをつい見てしまう。今日は安定しているようだった。昨日は顔が強張っていたので、体調不良になっていたのだろう。なんだか素人の癖にそういうところは判別できるようになってしまった。自身が病人だし。

 頭が重たい上に今日は何か目がしょぼしょぼして少し痒い感じがした。そろそろ花粉症が始まったかな、と思った。幸いにも鼻は今のところ大丈夫なようだけれども。

 今日は本当に一日中今ひとつだったので、あまり頑張らずにいた。上司は昨日の展開を自分で動き出したようだが、2 つの壁の前にもうひとつ訳のわからない壁がある。まずそれを彼に突破してもらおうと思う。それまでは僕は付かず離れず一定の距離を置くつもりである。残りの壁も 1 つは彼に動いてもらわないと困る。最後の壁は僕が動くしかないし、それは予定済みである。

 

2月15日

 昨日「調子悪い。」とか書いている割には早く寝ないでつい「乱世を生きる」を読んでしまった。なんだかシャワーを浴びたら血流がよくなっちゃったからで、経済についての考察の部分を読んでいた。またまた面白い見解が書かれていたが興味深かったのは日本における経済が「経世民済」、つまり国家が経済をつかさどってきたということと、それが崩壊してしまったために今の現状があるというくだりである。「経世民済」が崩壊したということは国民一人一人が「経済を考えなければいけない時代になった。」ということであり、とんでもなくしんどい時代ということである。こういうときこれまでの感覚からいうと「独裁者が現れて何でもやってくれたらいいな。」と誰もが思いたくなるけれど「独裁者すら登場できる時代じゃない。」ということなので、時々「強いリーダーシップ論は不要だ。」というぼくの考えと共鳴するところはあるな、と思う。でも日本は独裁者みたいな人多いけれどね。

 寝つきはよかったけれど、明け方はへんてこな夢を見た。いくつかの夢が複合化していたのだが、印象深いのが昔リストラにあったおじさんたちと同じ課で仕事をしていて、「あーあ、僕も左遷されちゃった。」と思って周りをよく見ると今会社で評価の高い(と思われる)人も同じ課にいるので「まっ、どうでもいいか。」と思いつつ、何か自分で勝手に仕事をしているという何をいいたいんだかよく分からない夢だった。フロイトだとどうこれを分析するのかな。

 朝は起きれずに結果支度も遅くなりがちで家を出るのも遅めになってしまった。もちろんそれでも遅刻するレベルではない。体調的にはまずまずといったところで、頭は段々すっきりしてきた。

 朝一番で会議を行うが、ちょっと厄介な問題が発生してしまったので、あちらこちらに話に行く。自分でもよく分かっていないから、話をして自分の中でイメージを形作ろうという感覚だった。体調不良のときにそれをやると単なる人に甘える状態になってしまうが、今日は安定していたから、ちゃんとイメージ作りはしていた。でも相談された方は、「また余計なことやるの?」という感じをもたれてしまったな、というところである。何もしないのもリスクなのだから体調がいいときはとりあえずやってみる。失敗したら、それには 2 度と取り組まないか、別の方法でもう一回やってみる。そんなところでいいのかな、と思っている。もちろん体調が悪いときは出来るだけ動かないで一日を過ごす。

 午後はいつものルーティンワークをしていたが、上司が何か動いていたな、と思っていたらこちらの予想外の提案をしてきた。でも最終的に行き着くところは同じなので、それはいいや、と思ってその条件を飲むことにした。社会人としてはあまりいいやり方ではなかったと思うが、上司の提案がうまく行けば、結果的には自分の狙っていた最終的な壁の乗り越えになるのでまあ自分的にはいいのかな、と思う。上司とは正面衝突はしないが、くっつきもしない、適当な距離感を保っていた方がいいなと改めて思う。

 その過程でふと気分のゆとりが出来たので、昨日の冒頭に書いた「善意と悪意は反転する」をもう少し考えてみた。あまり社内の人間関係について詳しく書く気はないけれど、「憎悪は人を破滅させる。」という考えが浮かんだ。破滅する人は憎悪される人の場合もあるけれど、圧倒的に憎悪する人のほうが多いのではないか、と思う。僕も色々な人を憎悪していたと思う。それも多分うつ病発病の要因の一つだと思う。ちゃんと自分を破滅させてしまったわけである。そんなことを考えていたので、社内の中の憎悪に対しても止めるように我慢する方がいいのかな、という気もする。まあ憎悪をするということは情が強すぎるからそうなるわけで、自分が論理を優先したがるのはそういう体験に基づくからでもある。もちろん元々論理的ではない体育会系精神論が嫌いだというのが大前提なのは言うまでもない。

 今日も少し早めに帰ることにした。やはり未だちょっと頑張ると調子を悪くするということは、頑張ってはいけないということの裏返しであり、そういうときには自分の本能に従うのが吉である。人に迷惑かけているな、と思う反面、自分がいなくても会社は回るだろ、いい方向か悪い方向か知らないけれど、と今日は久しぶりに思っていた。

 

2月16日

 昨日はそんなに仕事の根を詰めなかったはずなのに、今日は不調気味。火曜日ほどではない。頭の重さは軽いほうだが、その代わりに朝起きたときに右肩が猛烈に痛く、当然消炎剤を塗って出勤したものの、効き目もあまりないために気がそがれがちだった。

 昨晩も本は読んだが、そんなに疲労するほど読んでいたわけでもないし原因がよく分からない。朝の眠りの浅さと、思い出せない夢を見たことだけは覚えている。つまり睡眠の質は悪かったといった方がいいのだろう。

 朝一番で上司と経理の人と打ち合わせをすることになった。昨日の上司の提案の話を彼は自分勝手に先に進めてしまったので従っていたのである。気がそがれているからあまり気が入ってはいなかったが、それでも何となく見えてきた部分はあるからいいか、と思うことにした。本当はこちらに対する配慮もしてもらいたいものだが、期待するだけ無駄なので面従腹背でいた。彼からしたら、厄介で自分の分からない仕事に取り組んでいて上司の言うことを聞かない僕のことを何とか自分の思うがままにしたいためにとんでもない発想に出たと思うのだが、僕としては昨日も書いたように途中の経緯は別にして最終的な目的だけは一致したから条件を飲むことにしたに過ぎない。はっきり言って今までやっていたルーティンの仕事も疲れることなので、同じことを楽に出来るならその方法を取った方がいいに決まっている。で浮いた時間は自分のプライベートな時間に当てるか、業務時間内だったら別の改善すべき業務を考えるかしたほうが得策である。

 そんなわけで今までやってきたことはあっさりと捨てて違う方法論で取り組み始めた。当然気がそがれた状態なのでスローペースである。その途中で情報セキュリティがらみの仕事をちょこちょことまとめて、本社に提出する。本当はこんなことやるより末端までどう意識付けするかを本社には考えてもらいたいし、それが本社のやることだろうと思うが、現場を知らないか、知っていても本社という位置付けになったとたん現場のことを忘れてしまうので、現場としてはブーブーいいながらも本社の気に入るような資料を提出しているわけである。これって実はシステムに組み込まれてしまっている状態なので、今日は僕にとっては面白くない日である。

 午後もスローペースで仕事をするが、時々かかってくる電話勧誘で体調不良もあったと思うのだが、相手に対して怒鳴りまくって会話を終了させてしまった。ルボックス効いていないなと思うし、怒鳴ったから気分が悪い。

 後でそのときのことを振り返ってみたのだが、いつのことなのか忘れているから多分ループ状態で同じことを書いていると思うけれど、怒鳴ろうが、適当に相手しながら話を打ち切ろうが、どちらにしてもああいう勧誘電話をしている人って良心の呵責というものがないのだろうかとまた考えていた。人を騙して金を巻き上げ、その金で得られる給料で自分の欲望に従って分不相応なブランド物の洋服やバッグ、車などを買って本当に幸せなのか、そんなものは幻想じゃないのか、と思わずにいられなかった。いつも思うのである。勧誘電話をしてくる人に対して一回説教をしてみたいという欲求が。もちろんよく年配者が言う「今の若い者は。」なんて言葉は使わない。ここまで書いたことを素直に聴いてみたい。「本当にそれであなたの人生は満足なの ? 」と。

 そんな僕も DVD ばかり大量に買っているが、ほとんど映画なので、自分の感性を磨き、何でか知らないが国際語になっている英語を学ぶ絶好の教材として考えている。だから分不相応とは思わない。故淀川長治さんじゃないが「映画はあなたの人生そのものなのです。だから映画を観ましょう。」である。ついでに言えば「スタートレック」もシリアスなテーマが多いから問題意識を持たせてくれるいい TV ドラマであると思う。

 体調不良なのに夕方に問題が発生したりするのでがっくり来るが、とりあえず状況を把握して、明日以降に対処することにする。段々セクショナリズムがひどくなってきて、弊害が多すぎである。セクショナリズムも必要な部分はあると思うが、行き過ぎるとやはり駄目である。やじろべいのようなバランス状態が必要だよな、と思ったりする。僕もセクショナリズムに徹し切れたら人生楽なんだろうけれど、どうも性に合わないようで。論理を好む割には情に走っちゃうな、というところである。

 

2月17日

 ちょっと昨日日記の文章がおかしかったので修正をした。「背面服従」なんて言葉を書いたけれど間違い。「面従腹背」が正しかった。ちゃんと調べないで用語を使うといけないな、という失敗事例である。意味は自分で調べてくださいませ。

 大抵は調子の悪い日でも夜になると復活してくるのだが(うつの日内変動がまだある模様)、昨晩は日記を書いたら疲れがひどくなって体がだるくなってしまった。それでもあちらこちらに何かは書いていたりする。書くことで溜まっているものを吐き出しているとしか言いようがない。但しこの日記のなかで溜まっているものをすべて吐き出しているわけではない。理由は今月頭に書いた通り。自分の取り巻く状況が悪くなってきてしまい、ほとんどの部分は自己検閲してしまっているからである。だから僕の本音はほんの一部しか書いていない。いや、本音すら書いていない場合もある。元々 1 日の分量に限度があるから書きこぼしたものもあるのに、最近は更に規制を掛けて、言い回しを変えているから日記じゃない。自分では一人「1リットルの涙」と称している。編集がかかっているので。

 そんなこんなで昨日は本も読まずに、というか読む気力もないので早めに睡眠を取った。朝まで熟睡したが、週末のせいか、「会社に行きたくない。」状態で起床した。起きてしまうと睡眠がちゃんと取れているから気分はすっきりしているのだが、起きるまでは一苦労である。

 気分自体はすっきりしているし、頭の回転も悪くないのだが、機嫌だけは悪かった。社内での立場が悪くなっているのを知っているからで、その理由も様々な要因があるのをほとんど認識しているのだが、無駄に弁解しても意味がないので何もしない。で余計に立場は悪くなる。では弁解して一時的な立場をよくしたらというと行き着く先は同じなのでやっぱり意味がない。だから何もせずにいたのだが当然ストレスは高まってくる。ということで逃げ道がない中、機嫌の悪いまま最低限の会話しかせずに取りあえず仕事をしていた。周囲も僕に対して批判的だから話をしない。すばらしくぎすぎすした職場である。

 そういいつつも、課以外のところとの仕事の打ち合わせはとっとと話を進めていってしまう。本当厄介な仕事だが、別に上司に命じられた仕事でもなく、勝手に先を見込んで話を進めているだけである。こういう仕事は気分がいい。命令じゃなくて、相談から生まれた発想で動いているから。

 昨日の夕方発生したトラブルは今日ほぼ一日中取り組んでいたが、全面解決に至らず。単調な作業だから疲れてしまうのである。続きはまた来週、である。

 そういえばトナミ運輸の不正を内部告発して、会社のすさまじいいじめを受けた串岡さんのトナミ運輸に対する裁判は最終的に和解になったそうである。一審では勝訴して、1千万円台の勝訴金を受け取ったそうだが、今回の和解で+αというところで決着が付いたということである。でもこの話を聞いてちょっと複雑。彼自身自分一人戦って「力のない正義は弾丸なき大砲と同じである。」と言っているのだから。僕も力ないからね。ここで色々書いても現実何も出来ないし。もっともこれまで真正面からぶつかってばかりで痛い目を見ているから、今回は未来を仮定して考えて考えた結果、とりあえず「面従腹背」することにしたのだけれども、それが周囲には面白くないという訳である。

 普段だと金曜も終わりになると、「 2 日間休める。」という気分になってくるが、不機嫌な気分は続いているし、土日は色々雑務で忙しいからあまりのんびりも出来ないので、変な気分である。

 

2月18日

 昨晩機嫌が悪いから夕食時にお酒の量を少し増やそうかな、と思ったが食事していたらいつものように缶ビール 1 本だけで終わってしまった。ただでさえ薬を服用し続けているから肝臓に負担がかかりつづけているのであまり飲まないほうがいいのだけれど。

 そんな感じでネットも軽く見終わってシャワーを浴びて、そのまま寝るかと思ったがまたネットでもう一度三食ネット付氏の発言集を読み返してしまっていた。実は彼の見解でずっと引っかかっている部分がある。それは自分の親世代と子世代であるバブル入社組に対する批判である。引っかかっているのは僕はどこに属しているのか、という部分である。彼の指摘からすると、親世代とその世代の物に対する貪欲さが問題だということで僕もここの所いるんだかいらないだか分からないが色々物を買っているからきつい指摘なんだけれども、もう一つのバブル入社世代に対するぬるま湯的体質に対する批判は、何か僕には当てはまらないような気がする。確かにバブル最終世代組なんだけれど、20 代は自分の勤めている会社内においてはしんどい思いばかりしているからあまりぬるま湯体質に染まっていない気もするしな、とここで思考停止してしまうのである。ついでにいえば物を買う事でストレス発散していた部分もあるしなー、というところであまりここを追求されても困る。物を買うのをやめたらストレスがたまり続けてしまったのもうつ発病の要因の一つなので。まあうつ発病の要因は考えれば考えるほど複雑にあるな、と思う最近である。

 そんなこんなで寝付きがめちゃくちゃ悪かったけれど「休みだしいいや」と思っているうちに熟睡していたみたいである。睡眠時間は短いからちょっと朝はしんどいが、気分はさっぱり。ストレスから開放されるのはいいな、と思う次第である。

 本日は医者のはしごの日なので起きた早々に掃除と洗濯を済ませ、耳鼻咽喉科とメンタルクリニックに赴く。耳鼻咽喉科はやはり花粉症の症状が現れてきている人が多くなってきたみたいである。診察が終わって時計を見るとメンタルクリニックの予約時間間近だったので慌てて移動する。

 メンタルクリニックでは症状の説明と、最近の人間関係に関するストレスのことを色々話したところ、とてもいいアドバイスを頂いた。内容は書かないけれど、そういう方法もあるのか、と目からうろこの気分である。今度何かの機会に使ってみよう。なんだかカウンセリングを受けた気分である。

 通院も終わり、ゲームでストレスをちょっと発散させ、本屋をうろうろし、昼食食べたい物ないけどどうしよう、と思いつつハンバーガーをかじり、買物して家に帰ってくる。

 確定申告を明日しに行く予定なので、再度書類の確認をしたが、あっけなく終わってしまった。Web サイトで自動計算させているからミスがあったらそのソフトがおかしいわけである。で時間のゆとりができてしまったので「スタートレック・ディープスペースナイン」を観て気分転換を図る。幸いなことに今日はコミカルなストーリーだったので気楽に観られてよかったかな、と思う。それでも「異なる価値観を認めよう」というメッセージはしっかりと入っていたけれど。

 その勢いで先日届いた DVD を少しだけ観てしまった。映像を観たいときというのは非現実の世界に一時的に入り込みたいということである。その割には結構現実を突きつけてくる作品を観る事も多いけれど。

 午後のお茶を飲んで洗濯物をたたんだ後はネットで色々動いたりする。今日は割と自発的アクションをしていたりする。普段は受動的情報収集なことが多いけれど。

 休日の早めの夕食は楽で栄養バランス最適の野菜炒めだが、塩に少しだけこだわってみたらまたおいしいものになっていた。マイルドな塩味が抜群である。昨日飲まなかったお酒はリラックスした気分なので少し多めに。ストレス解消で飲むより楽しいお酒だと思う。

 

2月19日

 昨晩はネットを見ながらポッドキャスティングを聞いていた。佐野元春とヒートウェーブの山口洋の対談だったが、レコード会社というシステムに取り込まれてしまい、身動きが出来ない、というような趣旨の話がかなり大きくてどこも同じなのだな、と思ってしまう。今のシステムはおかしい、でもシステムがいやだといってもどうしようもない。明確に拒絶すればあっという間に転落の世界しかなく、そこから敗者復活できない。できる可能性もあるが、日本にいる限りはかなり難しい。更に話が厄介なのは、ただぶら下がっている人たちの存在である。自分では何もせず、人が何かしようとすればそれにぶら下がり、その人が転落するときにはあっという間に手のひらを返したように逃げる大多数の人たち。そんな人たちのためにシステムと真正面から戦うのはごめんである。

 今、「ご臨終メディア」の一部分を読み返している。いつもだとそれを自分の言葉に置き換えているが、今日はそのまま引用してみようと思う。引用元は同書の P174 である。

被害者への過剰感情移入

森巣:私は作品が文庫化されると、そこにメールアドレスを入れるようにしています。すると抗議と強迫のメールがすごいのですよ。反論ともなっていない罵詈罵倒が山のように来る。文章なんか書いても金にならないから、本業に専念しようかな、と考えているときに、そういう憎悪のメールを読むと、またまた気力を取り戻します。おうおう、おっさんたち、怒っている、と(笑)

 真っ当なことを主張すれば、抗議というものがくるものなんだ、と発想を転換しなければならない。それが出来ないから、異様なまでに被害者に感情移入したニュースしか流せなくなっている。

森:本当の意味での感情移入ではない。そもそも被害者や遺族が苦悩や苦痛を、共有することなど不可能です。今の潮流は、被害者や遺族が抱く加害者に対しての憎悪の領域のみが突出しています。皆で「許せない」と合唱すれば、カタルシスが得られるんでしょうね。

 金曜日はメンタルヘルス掲示板で珍しく自分が悲鳴を上げた書き込みをしていた。人を助けるのにちょっと疲れたから愚痴っていたら、昨日ちゃんと誰かが慰めの声を掛けてくれた。ネットによる緩やかな人とのつながりは濃厚なつながりよりいいときもあるというのを実感した次第である。

 「乱世を生きる」も大分終わりに近づいた。最初は「勝ち組」、「負け組み」の話から始まって、政治の話に飛び、そして経済の話へと理論が飛んでいったが、最終的は「どう生きていったらいいんだろう」というところまで行き着いた。もう少し話は続くみたいだけれども。

  寝つきはいいけれど、朝はちょっとおかしかった。目が覚めかけているのに薬で強引に眠りに引き戻される感覚。いやな気分である。それでも 8 時までは睡眠をとった。起床後早々に身支度をして、税務署へと足を向けた。

 確か昨年平日に有休をとって確定申告をしたときにとても時間がかかったのを覚えていたので、今日は日曜日だから余計混むな、と考えて朝一番で行ったら早く着いたのが幸いして待ち時間なし、約 5 分で手続きが終了してしまった。ほんのわずかな額だが、医療費の還付が受けられる。税務署を後にするときには既に混み始めていたから、早めに動いて正解だったようである。

 時間が余ってしまったので、身代わり不動に足を伸ばしてお参りしてくる。気の持ち方を変えるためにはこういうものを利用するのも悪くはない。その後衣料店でチノパンを買い、裾上げをしている最中、古本屋で時間つぶしをする。買いはしなかったが、メンタルヘルスの本があったので、立ち読みをしていた。この本の面白いところは精神系の病気についての解説書ではなく、そういう人が発生しないような職場作りとか、発生した場合の対処法、更に人によっては職種や転職まで勧めていることである。別の視点から見た「うつからの社会復帰ガイド」みたいでこういう考え方もあるのか、とやはり目からうろこである。キーポイントは人事部門の意識にかかっているということのようである。

 食料の買出しも終わって午後は時間が出来たので、DVD を観ることにした。映画を見る予定にはしていなかったし、眠気もあるから TM NETWORK のライブ DVD の先日観た分の続きを観て過ごした。音楽なので気楽に観られる。何か今年は活動再開という信憑性のない噂も流れているようだけれど、どうかな。小室先生の気分次第だと思う。

 夕方は PC とネットでちょっと色々作業をしてから夕食を作る。海鮮風の野菜炒めにしてみるか、という発想からスーパーを探していたら、イカの葱焼きがあったので、それを加えてみた。肉ばかりも飽きるのでこういうのもたまにはいい。

 

2月20日

 昨晩もネットは軽くにして(正確には別のところで色々書いているのだけれども)、早めにベッドに横になって「乱世を生きる」を読み終わらせた。いやー、凄い終わり方をしてしまった。橋本治さん自身が読者にぶら下がれるのはいやだといって「あとはよろしく。」と話を終わらせてしまったのである。でも最後の方はちゃんと話をまとめているので(但し読者が相当考えないと理解できないけれど)、納得。そういいつつ、おまけのあとがきでとんでもない理論で今の日本がおかしくなった理由を書いているのも笑ってしまう。この内容をよーく理解したら、三食ネット付氏の論理も実は大したことじゃなくなってしまった。やっぱり作家の持つ創造性って凄い、と実感してしまうところである。

 ということでこういう知的な話を楽しんでしまったので、気分よく睡眠もとれ、いつも感じる憂鬱な月曜も何かニコニコという感じである。社内の個々人の想いなんかどうでもいいや、という気分にまでなっていた。実際は険悪なんだけれども。

 とりあえず他人と会話せず自分の仕事をしていた。まあ主治医も診察時のアドバイスで「適当な距離を置きなさい。」と言ってくれたこともあるので、その調子で仕事をする。ゆとりが生まれるとやはり頭の回転はよくなる。

 昼食後、軽く昼寝をしていたら後ろにいるおじさんが「ネットで戦争で人がばらばらになって死ぬシーンを見たよ。」と話しかけてきた。「戦争って、本当はひどいものなんですよ。」などとちょっと雑談をする。

 部内の連絡会で人の異動の話を聞いて、ちょっと物の見方を変えた。1 月あたりの謎の書き方をしていたのは、課内のややこしい人間関係によるものだと思って配慮していたのだけれども、今日の話を聞いて、「あっ違うや。」と思った。当然そこで物の見方を変えてしまうことにする。というかそうした方が論理的である。

 午後も午前中と同じ仕事をしているが、途中で別の仕事をしたりする。あまり力を入れないようにしていた。仕事というより、実作業に入るためのイメージ作りといったところか。

 土曜に主治医に教わったいいアドバイスを使うチャンスが午後にあったので、早速使ってみる。とりあえず自分で出来ることはやった。後がどうなるかは知らないけれど、うまく行くといいな、といったところである。

 そんなこんなで今日は無理せずにいた。まあ相変わらずしばしば物忘れするし、日によって波はあるはで、回復には程遠いからもう一度あせらないように心がける。

 帰りのネットニュースを見ていたら、気になる記事があった。アナロク TV の 2011 年停波が難しくなってき始めた、というニュースで、まあそうだろうな、と思う。無理に地上派デジタルに切り替えようとしてもそう切り替えないし、液晶 TV の小サイズなんかアナログチューナーしか付いていないのだから。

 

2月21日

 昨晩メンタルヘルス板で荒れた書き込みを見た。発端は「経営者」と称する人間が、「メンヘラーの辛さは分かりますが、給料分の仕事はしましょう。」と書き込みしたら、当然反論の書き込みがあった。そしたら、その反論に対して別の人間が(この人はうつにもなったことがあるし、経営者的立場にもいたらしい)、「健常者のテリトリーで色眼鏡かけられているのだから無理しても頑張るしかないだろう。周囲の士気が下がってしまう。」という趣旨の書き込みをかけていた。この辺で僕なんか、「何でそんな無理しなきゃいけないのよ。無理がたたったからうつになったんでしょ。周囲の無理解はしょうがないにしてもそんなことで士気が下がるのなら、健常者ばかりの職場でも士気は下がるでしょ。個々人の意識が違っていているのに方向性を無理に一方向にしたら士気なんか下がると思うけれど。」と思ったが面倒臭いので何も書かないでスルーした。

 そういう自分のいる職場の課長もそういう一方向にしか物を見れない人なんだけれども、それに反発する女性社員も一面一方向でしか物を見ていないな、と思うし、当然僕も自分の視点からしか物は見ていないわけである。で最近の課内の環境悪化って単純に上司に対する悪意が僕に移り変わってきてしまったということで昨日なんかひどいことされたし、今日も村八分気味である。理由も先週の仕事の話で前任者の残した負の遺産であるホストコンピュータの仕事と同等のことが出来る代替案が出てきて、そちらの方が効率的だから「じゃ、そうしましょうか。」という程度の話だったのに、勝手に誤解されて裏切り者扱いされてしまっているという次第である。

 前任者の負の遺産のプログラムも実はほぼ解析できていたのだが、後々考えると、これを残しておいてもな、自分だっていつまでこんな仕事しているかよー分からんし、そうしたら誰にも引き継げんし、という思いはあったから、あっさりとそれを捨てて代替案しただけである。理由があったので書くのを控えていたが、あえて今日は書いてみる。

 そんな状態だがまあ睡眠はまずまず。朝のラジオで無理に起きる。アナウンサーの北村浩子さんがまた楽しいことを始めてくれるので、その瞬間だけはきちんと起きていたりする。

 せっかく負の遺産を捨てたので、先週辺りから Visual Basic をイメージし始め、今日いきなりプログラムを直感で作っていった。ここ数ヶ月負の遺産のプログラムの勉強をしていたお陰で、プログラミングの勘が戻ってきていた。疲れはしたが終業時間当たりにはまだ少し抜けはあるもののとりあえず最初の帳票が出来ていた。

 昨日ひどい目にあったときに、誰か分からないので疑心暗鬼になっていて、M さんにちょっときつい口調で対応してしまった。でも彼女の対応を見ていると、どうも他の人とは違うみたいだったので、今日お詫びをした。

 今日も 18 時少し前に帰宅をする。体調もそうだし、どうしても自分の中では、長時間労働による課題解決は今の時代にそぐわない、という想いがある。帰りの Web ニュースでも「長時間労働が増えている」という調査結果が出ていた。理由はいくつかあるみたいだが、やはり気になるのが「リストラに対する不安」が挙がっていたことである。今の職場の一方向にしか物を観られない体質ってこれが根本にあるのだろうな、と思う。ルボックスが効いていると何にも考えていない僕にはとってはどうでもよくなっていることなんだけれど。

 

2月22日

 今月に入ってから時々「周囲を取り巻く状況が厳しくなって、書きづらきくなっている。」と書いてきた。本当は通院を終了させるまで続けたかったけれど、もしかするとそのまま途中打ち切りになるかもしれない、という前提の元、もう少し昨日のようにはっきり書いておこうかと思う。そうしないと、現実世界がもっとややこしくなるからである。もし、今、うつ病で苦しんでいて、この日記を見に来ている人たちに対しては「申し訳ありません。」とお詫びしておきます。

 まず書きづらくなっている第一の原因はとある好ましくない人物の嫌がらせが続いていることによる。嫌がらせ自体はあまり気にしていないのだが、その人物が平日来ているために 1 月以降、表現をかなり規制せざるを得なくなってしまった。

 もう一つ厄介なのが、職場内の人間が見に来ていることである。それもその日一日分の内容でしか物事を見てもらえず、ずっとサブテクストとして出し続けている「ご臨終メディア」も「乱世を生きる」も全く読もうとはしない。それで勝手に人の行動を判断されて非難を受けたりしている状況である。今日は昨日色々愚痴をはっきり書いたから職場の雰囲気は変っていたが、それがさびしくてしょうがない。つまり何も考えてもらえていない、という認識である。

 で何故今日ここまで書いたかといえば、これは好ましくない人物にはあまり知らせる気はないが、社内のとある人物の被害者意識が度を越している、と僕は思うからである。最初は確かに同情していたのだが、2 月以降の行動を見ていると、段々同情できない様相を呈してきているように思える。そして、今週頭の社内のある人物の人事異動の話を聞いてから、彼女が加害者だと思っている人(どうも僕もその一人らしい)は、あまり関係がないのではないか、と思い始めた。まあこれは散々メンタルヘルス板でアドバイスしたり、たまにアドバイスされたりといったことを経験してきたことにもよるし、その人の過去の話を思い起こしてみると、その人が今の状況になったのはもっと上層部の意図があったのではないか、という判断をせざるを得なくなった。

 ここで更に自体が複雑なのは、その人が加害者だと思っている人(僕が入っているかどうかは知らない)のことを周囲の人も嫌っていて、それが増幅してしまっていることである。だから皆が同調してしまう。確かにその人は独善的だし、狭い視野しか見れない人だし、純なものが社内を安定させる、と思っている人だと思うが、それを嫌っている人も実は同じことを無意識下にやっているのである。では僕はどうかというともっと複雑で、純なものを求めると同時に異なる異物を認めないと駄目だろう、という意識があるのと(でも行動はなかなか伴わないが)、ヤジロベイのようにバランスを保とうとする癖があるところがあって、弱者には肩入れするが、その弱者が強者になったら手のひらを返す、ということをやるのである。でも、月曜、加害者だと思っている人には、主治医のアドバイスに従って直球でもなく、変化球でもない、魔球を投げて加害者と思われる人が置かれている状態は話しておいた。後は、その人がどう動くかである。これは僕にはどうしようもない。その人が自分で考えて周囲の人に理解してもらうしかないと思う。

 今日の夕方、その人のまたメールが流れてきて、さすがにいらついてきたのでその人の相手先に電話を入れたのだが、多分その後その相手はその人に連絡をいれることになるだろうと予想しているので、あえて書いている次第である。

 ここまで書いたのは、職場内の人にお願いしたいからで、それは「もうその人の話に同調しないでくれ。これ以上同調すると、その人が自滅するからそれを止めてくれ。」ということなのである。このままほおっておいたら間違いなく 1 - 2 年以内に自滅する。先週書いたように人を憎悪すると、その憎悪は間違いなく自分に戻ってくる。だから自滅するのだろうと思う。そのときに今その人に同調している人はその人のことをちゃんと心配してやれるのか、という疑問もある。だから本気でその人のことを心配しているのなら、突き放してほしいのである。

 ここまで書いちゃうと、何か他の書くことがなくなっちゃうが、仕事はちょっと疲れがあってスローペース気味になってはいたが、帳票の 2 枚目を半分まで作成し上げた。昨日の分はもともとのデータが少ないからいいが、今日のは半端じゃないから半分でも上出来である。その途中でもちょこちょこ雑務は入ってくるから意外と忙しい。最近書いてないけれど、相変わらず昼寝は取っている。何かこんな職場内の人間関係で本当に回復が遅れているな、と実感する。

 まあそんなこんなで、明日社内でどうなるか分からないけれど、とりあえず、ここまで 1 時間近く考えて書いてみた。毎日書いていると、やっぱり一つの訓練になっている部分はあるのである。とりあえず、お休み。

 何でかネットで男性差別というちょっと考えさせられる内容を見つけたので、追加でリンクしてしまう。それではお休み。

 

2月23日

 えー、今晩は。とりあえず書いている今は夜なのでこんな書き初めをしてみた。とりあえず今日は何か書いてみようかなと思う。とは言っても会社の人間関係の部分は気持ちの整理がついていない部分もあるから、軽めに書いておこうかなと思う。

 今日の職場は正直自分でもよく分からない。分からないんだけれども、何かが少し変わったような気はする。上司とも話をして、その辺のことを率直に話し合ったこともあったので、少し意地を張るのを止め始めた。周囲はよく分からないのだけれども、少なくとも上司はかなり努力しているようにも見えるし、周囲も何となく変ってきているようにも思える。ただ、隣の課とかの関係がまだ実感が涌かないので気持ちの整理がついていないところである。

 仕事はちゃんとこなしていた。整理の付かない感情を抑えちゃうのに仕事をするのが一番ということもある。休むこともいい手段だと思うけれど、何か別のことを無理にしてしまって気を紛らわせるのも一つかな、と思った。午前中は、朝、海上自衛隊がとんでもない失態を犯したことを Web ニュースで知ったので、社内徹底の意味合いで急遽資料を作成したし、午後は、やっかいだけれども知らないことなのである意味楽しい会議を主催して、運営は今ひとつ失敗してしまったけれど、とりあえず、関係者のオーソライズは終わらせた。後はちょこちょこ問い合わせが入ったりするので、それはちゃんと出来るだけ早く対応をするように心がけていた。

 海上自衛隊の失態はあまりにもお粗末で、笑うしかなかった。ファイル共有ソフトでウイルスに感染して、自衛隊の暗号情報とかが全世界にばら撒かれてしまったのである。これで憲法改正論議で自衛隊を自衛軍にすることは絶対に出来ないな、というのが今日の想いである。元々今の日本の全体主義的雰囲気から自衛軍にすることに対して危機感を抱いているゆえに反対の立場を取ってきている僕だけれども、こんなお粗末な情報漏洩をやらかす組織じゃあぶなかっしくてしょうがない。今の自衛隊のまま飼い殺しにしておいたほうが無難だと想う。

 後は、中国人(だったかな)の母親が幼稚園児を殺害したことに関して。ここ数日軽くニュースを眺めていたが、やはり日本的村八分の構造が要因かな、という気がしてならない。数日前に Web ニュースで幼稚園の理事長だったかが、「オフレコにしてほしいのだが。」と前置きしながら自分は悪くないというような発言をしているのを目にして、この人もマスコミもどっちもどっちだな、と思ったりする。

 会社のことを書かないからもうひとつニュースネタで。livedoor と自民党の武部幹事長の息子の利益の不正供与のメールを取り巻く事件について。民主党、アホ。プロバイダーである livedoor がそんな証拠メール残すわけないだろうに。メールサーバーを自社管理しているのだからメール改ざんだって簡単なのに。

 そんなわけでちょっと軽く書いてみた。多分明日は気持ちの整理もついていると思う。

 

2月24日

 ここのところ日記を書くときには帰宅時に内容を簡単に考えて、書いていたりする。実際書きあがったときには考えていたこととは違うこともあるが、一応考えたりする。で、昨日の最後に書いた、「気持ちの整理」がついているかというと、明日と明後日が休日でストレスから開放されているからこれを書いている今は安定しているが、就業中はかなりおかしい、と実感していた。ずっと怒りっぱなしである。症状がぶり返しかけている、と感じていた。

 ずっと怒っている原因ははっきりしている。被害者だと思っている人の上司への嫌がらせが度を越していていることが癇に障るのである。基本は e メールで上司に嫌がらせをしているのだが、CC で僕にご丁寧に送ってくれるからいらついてしょうがない。当の上司はそんなことしても全く意に介していないので無駄なことをしている、と思うのだが、この CC で送られてくるメールが癇に障り、それが次第に女性社員全員に対する不信感へとつながってきてしまい、理論で制御できなくなってきてしまっている。自分の周囲の人は極端な言い方だけれども、味方なのか、敵なのか、全く分からない。だからイライラしっぱなしで、周囲の人に対してつっけんどんな対応をしていることが多い。状況はよくない。

 一昨日半分自分の正体をばらしたような内容も不発に終わっているようで、それも自分を追い詰めている理由になっている。その前日に書いたキレた文章で当の女性社員たちが見に来なくなってしまったからで、作戦が失敗してしまった。だから余計にストレスがたまる。これで他人と接触せず仕事できる環境にいられればまだ救いはあるが、そうも行かないのでどうしようもない。唯一の救いは部外の人との仕事はそういう悪感情がないからかろうじてバランスを取れているが、危険な状況だな、と今になってみれば思える。この週末は寝逃げするか、映画を観るか、この先どうストレスを逃がすかをネットを通じて考えるかしないと危険だな、と感じている。

 午前中はイライラしつつも、プログラミングの仕事を中断して、別のことを行っていた。他にも色々やることがあるのと、精神状態、週末に伴う疲れがプログラミングを行う意欲を失せさせていたので、別の視点で今行っている作業を見てみようかと思って午前中は仕事をしていた。

 昼間は昼寝が出来ない状況になった。これは予期していたことだが、負荷の増えて、人に振っていた業務がやはり自分のところに戻ってきたのである。多分そうなるだろうな、とは思っていたので驚きはしないが、午後もイライラしながらその業務を行なうことにした。午後はほとんど休みもなくぶっ続けで作業していた為、かなり疲れた。帰宅時、半分寝かけていたぐらいである。

 でもその業務自体は実は嫌いな仕事ではない。むしろ自分の性格からしたら好きな仕事だと思う。では何で最初仕事を人に振っていたかといえば、単に前任者の負の遺産を整理することが元々の自分の仕事の使命だからで、好きな仕事の方に手を回さなかったというのが正しい。負の遺産を 3 月一杯で片付けて、4 月からはちゃんとそちらに移行するつもりだった。無理いって職場異動をさせてもらっているし、最初の業務目標が前任者の仕事を引き継ぐという話だったのだからそちらをきちんと完結するのが、正しいあり方だと思っている。だから負荷のかかった仕事はとりあえず放置していたのである。好きな仕事にもかかわらず優先順位を意識的に下げたのである。

 ただこうなってしまった以上は、何とかせざるを得ない。どうしようもない状況ではあるけれど、どうしようもない結果ではない。相当捻らなければならないと思うが、何かの打開策はあると思う。ただその捻りを出すには精神の安定がどうしても必要である。だからこの週末はきちんと休んでストレス解消をしようと思う。こんな考え方をしているのも実は「乱世を生きる」の影響が大きい。うまく説明できないが、一ついえるのは、「このどうしようもない状況を我慢する」ことも実は「現状に対する異議申し立てになっていて十分に前向きに行動をしている」という考え方が芽生えている部分もあるからである。

 帰りにいつものように佐野元春の曲を聴いていた。「恵みの雨」という曲が今の自分の気分にぴったりで心に染みた。3 月、彼のコンサートを観にまた行くつもりである。これもストレスから解消される一つの手段だし、後日程未定だが、友人とクアハウスに行こうかという話もある。こんなことを楽しみにしながらぎりぎりのところで乗り切っていければ、と思う。

 

2月25日

 本当は、日記は昨日の続きで「もうこんな日記なんか止めてやる。現実社会とリンクさせて終わらせてやる。」と思って昼間うらみつらみを書いていた。でも書き終わった後すっきりしたのと同時に夜、ここのところアニメオタクと思われたくないのであえて書いていなかったと富野監督の「オーバーマン・キングゲイナー」を観てまた意識が変わったこともあるので、うらみつらみの部分は捨てることにした。この作品、ゲームオタクの内向的な少年が戦いに巻き込まれて、同級生の気の強い少女に支えられながら次第にちゃんとした大人になっていく物語である。正しい方向を向いた女性が気の弱い男性をちゃんと強くさせる、というテーマで僕は観ている。一応ロボットアニメというジャンルに属しているが、はっきり言ってそのロボット自体がかっこ悪いので、やはり人間ドラマなんだと思う。主人公の少年を支えるのは少女だけでなく、ちゃんとした大人たちもである。

 昼間、いつものように「スタートレック・ディープスペースナイン」を観ていた。ここのところの自分の感情のぶれの大きさとシンクロするところがあったので、今回は自分の感想ではなく、エピソードそのものを紹介してみたい。そのためには「スタートレック」の世界観を説明しておかないと話が進まないので、とても複雑な設定なんだけれども「ディープスペースナイン」に限って書いてみようかと思う。

 舞台は 24 世紀。人類は深宇宙に進出をし、さまざまな異星人と交流を果たし、現在の国連の発展系のような組織・惑星連邦を設立、運営をしながら未知の世界の探索を行っていた。この世界には貨幣自体がないので、異星人も含めた人類はもっぱら未知の宇宙の探索や、まだ見ぬ未知の異星人との交流を労働的な活動としている。貨幣というものがないから貧困はないし、当然惑星連邦内での差別もない。

 もっとも異星人の中には惑星連邦に加入しないで独自の道を行く種族や、敵対する種族もいる。「スタートレック」で人気の高いクリンゴン人はその時々の状況に応じて敵になったり味方になったりするし、フェレンギ人は金儲けがすべての種族なので、ここでは貨幣というものが存在する。

 「ディープスペースナイン」の世界観は更に複雑で、一応和解はしているがどちらかというと未だに敵対気味の好戦的種族であるカーデシア人が、辺境の惑星ベイジョアの植民地政策を終了させたことからスタートしている。政情不安定なベイジョアは惑星連邦に救援を要請し、連邦はそれに応じたところ、惑星の近くにはるか彼方に通じる宇宙の抜け道トンネルとも言うべきワームホールが発見されたことで、更に未知なる領域への探索や、他種族との交流が始まるのである。しかし、そのワームホールの先にはドミニオンという組織が存在していた。こちらは力で領域内を安定させている組織で、その中心にいる可変種(つまり自由自在に姿形を帰られる生命体)は、過去何千年も間その形態故に迫害され続けた為に、自身を守るために自分の自由に変幻自在できる特徴と自身の忠実なる僕であるジェム・ハダーという生命体を人工的に生み出して、力によって情勢を安定させているのである。

 ワームホールが開かれたことで全く価値観の違う種族、組織が絡み合い、次第に戦争状態に陥っていくというのが基本ストーリーである。

 ディープスペースナインというのは宇宙ステーションなので、司令官がいる。シスコ大佐が司令官で、その他にベイジョア人で男勝りの女性副官のキラ少佐、若いが有能な医者であるドクター・ベシア、可変種なのに連邦側にいたために両勢力の間で苦悩しつつステーションの治安を守るオドーなどといった登場人物がいる。今日はそのシスコ大佐の一人息子であるジェイクとドクター・ベシアの戦場下での物語だった。

 去年ずっと見ていた第 4 シーズン(つまり 4 年目の放送分)では惑星連邦とクリンゴンの和平が崩壊し、宇宙領域の抗争が複雑化していた。今見ている第 5 シーズンでは徐々にクリンゴンとの抗争は沈静化しつつあるが、まだ完全にではなく連邦領域内の惑星にクリンゴンが侵攻し始めた、というところが今日のエピソードの始めである。たまたま医学会の会議に出席していたドクター・ベシアと、作家志望で、今はジャーナリズムの勉強もしているジェイクは被害者の救援を行いにその惑星に赴く。ジェイクにしてみれば、ドクター・ベシアが戦時下の被害者を救助するという分かりやすい活躍を描いた記事を書けば、読者も記事を読みたがるだろうという軽い気持ちで戦場に赴くのだが、現実は彼の軽い気持ちをあっさり吹き飛ばしてしまった。彼は医者ではないから誰も助けることが出来ないし、連邦の士官にもかかわらず自分が助かりたい一身で、自分の足を銃で打ってしまい、攻撃を受けたと主張する人物まで目にしてしまう。

 その後クリンゴンの攻撃が激しくなり病院の発電機が壊れてしまったため、ドクター・ベシアとジェイクは自分たちが乗ってきた宇宙艦のエンジンを病院の発電機として使うために外に飛び出すのだが、ジェイクはクリンゴンの砲撃に恐怖してしまい逃げ出してしまう。逃げた先で瀕死の連邦士官と出会うのだが、その瀕死の士官に「人生はそんな甘いものじゃない。」という言葉を突きつけられて、ジェイクは打ちのめされてしまう。その後士官は死んでしまった。

 発電機はドクター・ベシアが大怪我を多いながらも入手してきて、ジェイクの無事を安心するのだが、ジェイクの気持ちは晴れない。

 その後更にクリンゴンの攻撃が激しくなり、病院も攻撃され始める。ジェイクは恐怖感に押しつぶされながらもむやみやたらに銃を撃って、結果的にはクリンゴンの攻撃を食い止めることに成功した。その後、彼は悩んだ末、自分の心の在り方を正直に文章にして父であるシスコ大佐に見せるのである。「勇気と臆病は紙一重であるということだ。」ということを。自分の弱さを認めることが必要だということを。

 この日記はまあ自分の弱さを認めよう、という意識を持って書いているつもりだが、残念ながらなかなかうまく行かない。現実世界は強いものを助け、弱いものを更に踏みつける人達ばかりだからである。そうなる要因も分からないではない。多くの日本人がよく訳の分からない恐怖に襲われているのであると思っている。会社員だったらリストラだろうし、自営業者も苦しんでいる。当然引きこもりやニートたちは人にもよるが、病気を患ったり、絶望的な社会に恐怖していると思う。その恐怖から逃れようと、自分とは異なるものを排除したり、自分より弱いものを痛めつけて恐怖から逃れているのだと思う。

 僕のこの一週間の精神状態のアンバランスさもそれが原因である。いつも悲観主義的でいるので、最悪の事態が起きてもさほど驚かないように心がけているが、今回の状態は予期できなかった。e メールが飛び交い続け、さすがに参ってしまった。

 だから今日も頭痛がしていたし、朝も 6 時に目覚めたし、食欲もあまりなかった。食事は食べちゃうと味を感じているからまあぎりぎり大丈夫なのだろうけれど、何を食べたい、という欲求は弱い。とりあえず何でもいいや、で食べていた。

 今日また、本を買ってきた。「人はなぜ憎しみを抱くのか」というタイトルで、精神科医が書いたものである。今の状態の原因究明ではなく、人の心理プロセスを知りたい。原因を究明しても対処療法でしかないと思うから、こんな本を買ってみた。

 

2月26日

 昨晩買ってきた本を寝る前に読もうかと思ったがやはり読めずに寝てしまった。明け方何度も半分起きかけ、7 時に一度目を覚まし、ベッドから離れたのは 8 時だったが明け方の睡眠の質が今ひとつだったので相変わらず頭が重い。予想通り天気は雨だった。

 食料は昨日中に買出ししていたので午前中は自由な時間が多かった。ネット上で色々アクションしようかとしたが頭が重くて「今日は昼寝を取ろうかな。」と思っていた。でふと「別に昼寝じゃなくて今横になったらいいのでは。」と思ったので 8 時に起きたのに 10 時に再びベッドに横になったら昼過ぎまで寝てしまった。ただその再睡眠が効果があったようである。再起床時はぼーっとしていてどうかなと思ったが、少し体調が回復していくのを感じていた。だから今日記を書けているわけである。でもまだ何となく眠いな。今晩も早く寝よう。寝ることも人生において大切な仕事だしね。1 日の 1/3 近くは寝ているわけだから大切なものなの。

 昼過ぎに起きたから作るのが面倒臭くて昼食はカップラーメンで済ましてしまい、それでも映画は観た。「シュレック 2」という CG コメディアニメなので気楽に観られるしストレス解消になるだろうと思ったからである。上映時間も 90 分と短いからそれも幸いしたと思う。朝 2 度寝もいい効果を示していたと思う。途中から物語のテーマが見え始めてきてしまったので、最初は「軽く書くに留めておこうかな。それともやめちゃおうかな。」と思ったレビューもなんだかしっかり書いてしまった。なんだか最近映画を観るとき、自分でも無意識下に自分の心の奥で感じていることをその映画の中から見つけ出しているような気がする。たまたまそういう内容の映画だったりすることもあると思うのだが、コメディ映画でテーマを見つけ出してしまうなんていうのもある意味無茶なことをしているな、と思う。

 夕方ようやく空腹感を感じ始めた。昨日より食事に興味が涌いてきた。今日はアルコールは缶ビール 1 本に押さえておいた。いつもの週末はリラックスするつもりで多少酒量が増えるが、今日はやめておいたほうがいいと直感的に思ったので止めた。食事をきちんと取り、薬は当然服用した。ネットの書き込みも食事前の空いた時間に色々してしまったので、深入りしないようにしようと思う。

 

2月27日

 昨晩は予定通りあまりネットに深入りしなかったが、引っかかるものを一つ感じた。小室哲哉のことである。ここ何年も掲示板では「やる気がない。」とファンにめちゃくちゃ言われていた。僕個人は家庭を持ってしまって、落ち着いてしまったからではないのか、と思っていたが、本当は違うらしい。2001 年の米国同時多発テロの犠牲者の中に彼の知人がいたそうである。当然彼としては他人事でないのだが、その中で彼が見たものは「日本人は自分の身の回りのことしか心配しない。同時多発テロも他人事だ。」ということでかなり落ち込んでいたようである。それが何年もの間彼の活動を停滞させていたようである。だから無理して TM NETWORK デビュー 20 周年の年に出した新曲「SCREEN OF LIFE」という曲は死を連想させる歌詞になっているし、DJ.TK として活動した彼が最初に選んだ曲が佐野元春の「SOMEDAY」だったのもうなづける。「SOMEDAY」は元春曰く、希望と絶望が半々に混じった曲で、たまたまほんのわずか希望の方が強かったためにファン以外の人にも届く歌になったのではないか、と何かのインタビューで語っていた。その元春もテロにショックを受けて、レコード会社の意向を無視して新曲を制作し、無料の MP3 音源として発表してしまった。「光」という曲で、今は iTunes Music Store で 150 円で購入することが出来る。元春の場合、後で相当レコード会社と揉めたみたいである。

 昨晩は本を少し読んで早めに寝た。ただ相変わらず朝はしばしば目が覚める。風が強いので余計に目が覚めやすくなっているようだ。ただ、ようやく体調は復調してきたように感じる。

 会社の仕事は忙しいが、今日は意識して休憩を入れていたので、一応は良好な状態だったと思う。まあ色々いやなこともあるが無視できる程度だった。昼食もおいしさを感じた。昼寝は深入りするほどでもなかったが、ちゃんと取っておいた。

 夕方、帰る前に上司とまた話をした。淡々と、でも率直に今時分が感じていることを話していた。正直今複雑な感情である。そういう話をしてよかったのか、しなければよかったのか。でもそのときは率直に話したほうがいいと思っていた。怒るでもなく、泣くでもなく、当然笑うでもなく、ただ自分の感じていることを話した。

 最近感情が安定していないから、取りとめのない話ばかりであるが、こういうことは職場復帰後に多々存在していると思うので、とりあえず書いてみた。お休み。

 

2月28日

 今日、会社で自分が「うつ病」であることを公式にカミングアウトした。昨晩の上司との話を受けて夜考えてみた。結果はこの Web という虚構の世界で書いていることを現実世界でも言うしかない、と心に決めた。途中、会社に対して批判めいた発言もした。もちろん「うつからの社会復帰ガイド」の「人が何のために働くのか。」という問いかけを前提にした批判である。その後周囲がどう思ってくれているかは知らない。自分の感情のコントロールが効かなくなってしまっていて、意味なく泣いたりしながら何故か仕事をしっかりするだけになってしまっていたからである。

 久しぶりに会社の産業医との面談があったのでここ 2 週間の精神不安定の状況等を話した。産業医も担当が替わって、初老のおじさんになっていた。その人曰く「あなたみたいなまじめな人が皆壊れていったんだよ。何人も見てきた。」と言っていた。当然残業規制は継続でまた近日中に再面談の予定だそうである。

 昼食は NM さんが戸惑いながらも一緒に食事に付き合ってくれた。ぎこちない会話だったけれど、嬉しかった。

 昼食後、部長に呼ばれた。会社批判をしたのでしかられると思っていたがそれは不問にされ、部長は理解を示してくれた。その後上司たちが呼ばれて何か打ち合わせをしていたようだ。営業企画の課長さんが声を掛けてくれたりして、少しずつだけれども精神の安定が図れるようになってきた。

 その部長も明日から別の部署に異動される。さよならのくりかえし、である。

 産業医のアドバイスもあるのと、結局風邪を引くこともなかったので、3 月に有給休暇を 2 日入れることにした。過剰ストレスからの開放を図るためである。

 今、現実社会でうつであることをカミングアウトしたことについて考えてみると、土曜日に「スタートレック・ディープスペースナイン」のエピソード紹介で言っていた「勇気と臆病は紙一重である。」の勇気のほうに足を踏み出したような気がする。現実で動いて始めて意味のあることもある。もちろんネットで動いて始めて意味のあることもある。今日は現実で勇気を出したのだと思っている。

 とりあえず今日も取りとめがない。また明日。