ENTER THE DRAGON

ENTER THE DRAGON DVDジャケット 邦題 燃えよドラゴン
レーベル WARNER HOME VIDEO
制作年度 1973年/2001年
上演時間 102分
監督 ロバート・クロウズ
出演 ブルース・リー、ジョン・サクソン、アーナ・カプリ
画面 2.40:1/アナモルフィック
音声 DOLBY DIGITAL 5.1ch 英語 / DOLBY DIGITAL 1.0ch フランス語
字幕 英語、フランス語、スペイン語

あらすじ

  少林寺で修行を積んだリーは、かつて少林寺で修行を受けながらも反旗を翻したハンのマーシャルアーツ・トーナメントの招待を受ける。それとほぼ同時にブレイスワートと名乗る人物からハンの動向について調査の依頼を受けることになる。ブレイスワートはハンが領土不詳の島で表向きマーシャルアーツの道場と称しながらも裏ではヘロインの密造工場なのではないかと疑っていた。しかし、直接の行動が出来ない為、3 年に一度開かれるトーナメントの招待を受けたリーに実態を調査依頼するしかなかった。リーは乗り気ではなかったが、少林寺の名誉を傷つけたハンに対する感情と、ハンのボディカードを勤めているオハラが自分の妹を自殺に追い込んだ事実を知り、トーナメントへの参加を決意する。トーナメントには借金を背負ってしまったためにその片をつけるために参加したローパーや、警察に追われたウィリアムズもいた。そしてトーナメントが始まり、次第にハンの目的が明らかになっていく。

感想

 稀代のアクションスターであると同時に偏見や差別に対して戦い続けたブルース・リーの代表作にして、彼の真髄が表れている作品がこの「燃えよドラゴン」です。

 ストーリーからしたら割とよくある話です。単純明快なアクション物であり、悪党をやっつけるというのが簡単な見方だと思いますし、それだけでも十分にこの作品の価値はあるといえます。とにかくブルース・リーというアクションスターが光り輝くスター映画なのだとは思います。

 しかしその一方でこの作品にはもう一つの側面もあります。それが偏見や差別に対して戦い続けたブルース・リーという人物の思想や哲学を表しているということです。彼はカンフーをただの型に嵌ったものから脱却させ、ジークンドーという形で哲学にまで昇華させようとした人物でもあります。このことを知っていると別の側面が見えてきます。

 物語の冒頭、リーは師匠から教えを請います。「お前は肉体面での能力は優れている。今は精神面での修行にいそしんでいる。」と。そして悪党として描かれるハンという人物は物語が進むにつれて少林寺で学んだカンフーの力に囚われ悪の道にと突き進んでいたことが明らかになってきます。ただ肉体が強ければいい、その力こそがすべてなのだという主張がハンの言い分であり、それに対してそうではないと反論をするのがリーという構図になっています。

 確かに喧嘩に強い人や、権力におぼれてそれを自分の力だと錯覚している人は大勢います。ブルース・リーはそれに対して「それは違う。」というメッセージをこめているように感じられます。

 またそれは人種差別という大きな問題にもつながってきています。この作品が制作されたのは 1973 年ということですから相当の人種差別があったはずです。現在表向き人種差別がないといわれるアメリカですら実のところひどい人種差別を行なっている事実を知れば、当時はもっと露骨に酷かったと容易に想像が出来ます。私が数年前にアメリカに旅行に行ったときでも「ジャップ」という差別用語で罵られたことがあるくらいです。ブルース・リーも当時アジア人として相当の人種差別に苦しんだものと思われます。それに対して映画という媒体を使って、しかも単純な娯楽作の中で平気で人種差別を行なうものに対して異議申し立てをしているという捉え方も出来ます。

 作中の一例では、リーがハンの島に向かう途中、中国人の船員がトーナメント参加者に対して理由もなく躓かせるシーンがあります。そればかりか、リーに対しても挑発を仕掛けてきます。このことに対してリーはある手段できちんと異議申し立てを行います。その方法はまた見事なもので、精神面の強さと機転の良さを示している部分でもあります。

 また、いくつかのシーンで「考えるな、感じるのだ。」とか「敵は自分の心の中にある幻影なのだ。これを打ち砕くことが敵を倒すことなのだ。」といった台詞がでてきます。これも精神面での強さ、差別や偏見に対する異議申し立てといった部分を指していると考えることも出来ます。

リーとてやはり人間です。自分の妹を死に追いやったオハラとの対決の時にはどちらかというと感情に流されて戦ってしまっているようにも見えます。その結果オハラを殺してしまい、その後悔の念が表情として表れているようにも取れます。また、クライマックスのハンとの戦いでも途中まで名誉を傷つけられた少林寺の名誉挽回に囚われている感があります。それを克服したのが鏡の部屋での対決のところでしょう。実態としての鏡の部屋での幻影にリーは苦戦しますが、実はリーが抱えている自分が敵と思っている幻影のメタファーであるといえるでしょう。それに気付いたからこそ最後にリーはハンを倒すことが出来たと見て取れます。

 そう見て行きますと、実体験としての偏見や人種差別、力の強いものに対する異議申し立てを出来るということと、自分自身も同じく持っている偏見や差別などをも克服することが大切なのだ、という物の見方も出来てきます。

 この辺のことは「燃えよドラゴン」の後に完成する予定だった「死亡的遊戯」という作品で語られる予定でした。しかし不幸にも「燃えよドラゴン」が全米公開される少し前に 30 代前半という若さで彼はこの世を去ってしまいます。もし彼が生きていたらその辺りのことがもっと見えてきただろうと思うにつれ、残念でなりません。

 この作品は国際公開版ではなく、香港上映版をベースにしています。そのために数分上映時間が国際上映版より長くなっております。

 画質は多分フィルムから手直しをしたのだと思いますが、1973 年の映画とは思えないくらいにきれいな発色をしております。ただ、そのために当時の雰囲気が失われてしまっている面もあるので功罪半々というところでもあります。つまり今の映画になってしまったということでもあります。音響面でも 5.1ch 化して迫力は増しましたが、オリジナルのモノラル音声ではないのでやはり功罪半々といえるのではないかと思います。

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