「この世界の片隅に」を巡る広島・呉の旅行記2020年2日目/呉散策1・すずさんの足跡を探す/がちゃんの部屋

2020年10月20日

鈍行電車で呉まで移動

 2日目は、朝7時半にホテルを出た。広島発8:05の広行きの電車に乗ると、ちょうど1時間で呉に着くと分かったからである。ネットの情報だと広島-呉は30分で行けるはずと思っていたが、それは快速利用時のことで、鈍行電車だと1時間かかるのである。広島-呉は30km程度しか離れていないのになんで1時間もかかるの?と思っていたが、実は呉までのほとんどは単線のため、途中の駅で上下線の待ち合わせ時間が何回かあり、そこで時間がかかっていたのである。

 朝8:05発の電車は大変混んでいた。幸い座れたが、立っている人たちも大勢いた。どこに行くのだろうと思ったが、途中の坂駅で結構降りた。学生が多かったのである。それでも呉までの1時間、席が空くことはなく、多少の立ち人もいたぐらいである。

すずさんが暮らしたすずさん家を探し出す

 呉に着いたら、友人のアドバイスを聞かずに、まずバス停に向かった。バスで辰川バス停まで向かうためである。「この世界の片隅に」が大ヒットを記録している時、聖地巡礼をするファンが多く、監督の片渕須直さんは観光するのは「辰川」バス停まで、と釘を刺していた。しかし、旅行に行く前、呉観光協会のホームページを見ていたところ、すずさん家への行き方を書いたマップがPDFで配布されていて、ブームが去り、一般住人への迷惑がかからないところまで落ち着いたと判断していた。それで呉駅から辰川バス停までバスで移動した。約15分で170円の運賃だった。30分に1本は本数がある。

辰川のバス停

 しかし、辰川のバス停からすずさん家を探し出すのは至難だった。地図はイラスト風に書かれているのであるが、実際の地形と異なる部分があり、迷子になっていたのである。細い道が多く、急な登り下り坂も多々あり、バスを降りてからすずさん家に辿り着くのに45分もかかってしまった。最終的にはすずさん家の有った場所を見つけ出し、ついに物語の中心場所にたどり着いた。そこには石と説明ボード、使えない井戸水があるぐらいで何もなかった。実はこの場所は「この世界の片隅に」の原作者、こうの史代さんが元々住んでいた場所であることが説明ボードに書かれていた。場所が場所だけに、確かに観光客が殺到したら一般住人は迷惑だろうな、と思わせるぐらい普通の住宅のそばにあった。

すずさん家

三ツ蔵や朝日橋、小春橋、堺橋を歩いて見学

 すずさん家を見学した後は、坂をずっと降っていき、映画の中ですずさんがよく通る三ツ蔵や、リンさんと出会った遊郭のあった朝日町の面影がかすかに残る朝日橋、すずさんが周作さんと会話をする小春橋、そして戦前から残る堺橋を順に見て回った。小春橋からは灰ヶ峰が綺麗に見えて、景観的にも魅力を感じるところがある。

三ツ蔵

小春橋からは灰ヶ峰を望む

昼はカレーライス

 堺橋を見て回った後、昼食を取った。古い洋食の店に入り、カレーライスを食べた。呉は自衛隊の部隊がいるため、自衛隊のカレーが食べられると人気になっていたが、僕が入った店は自衛隊直伝のカレーではなく、ただの普通のカレー。それでも味は悪くなかった。値段も825円と手頃。ただ、午前中で歩き疲れたので、洋食屋を後にした後、マクドナルドに入り、コーラで休憩を取っていた。

海上自衛隊呉集会所と呉医療センターの階段を見る

 休憩の後、また歩き始めた。今度はめがね橋を渡り、海上自衛隊呉集会所を見た。中に入れる訳ではないが、外壁に「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」のイラストが掲載されているのが、呉という街に及ぼした影響の大きさを物語っていた。そこから少し行ったところに入船山記念館と呉市立美術館が有ったが、今日は休館だった。さらに先に進むと、北條円太郎が入院していた呉海軍病院(現:呉医療センター)の入り口の階段があった。映画の世界そのままに取り残されていて、雰囲気十分である。

海上自衛隊呉集会所

呉海軍病院の階段

映画の世界を離れて、歴史の見える丘で戦艦大和が造船されたドックを見る

 ここから少し映画「この世界の片隅に」の舞台から離れる。歴史の見える丘というところから造船所が見えるのである。その造船所には屋根のついたドックがあり、そこで戦艦大和を造船していたという。その丘から見る造船所は迫力満点である。戦艦大和自体は映画でも描かれているので、全く関係ないとも言えないが、物語に直接は関与しないので、別枠にしている。

歴史の見える丘からドックを眺める

呉駅に戻り、くれ観光情報プラザに行く

 一旦呉駅に戻った。呉の湾内をクルーズする船があると聞いたので、港まで行ってみたのだが、今日は定休日だった。それで、くれ観光情報プラザにようやく行き、「この世界の片隅に」関連資料をもらってきた。時間が14:10ぐらいで、調べてもらったら、巡洋艦青葉終焉之地を見ていないことがわかった。当然映画のラストで描かれる場所である。もはや歩いて行ける場所でもないので、バスを使って移動した。15分ぐらいかかったと思う。

巡洋艦青葉終焉之地を見る

 バスは鍋桟橋という営業所まで行った。呉駅から3番の乗り場で行けて、280円。そこには中曽根康弘の字体による記念碑が立っていた。周りは道路で、青葉終焉の地とは思えない空虚さがあった。頭の中ですずさんの「晴美さん、青葉よ、おったのは青葉よ」というセリフが繰り返し再生されていた。

巡洋艦青葉終焉之地

呉駅で「宇宙戦艦ヤマト」の到着メロディを聞く

 流石に、巡洋艦青葉終焉之地を見終わると、足の疲れがひどくなった。また、明日も呉に来るのだからと思い、鍋桟橋まで戻り、バスで呉駅まで帰ってきた。電車の時間はすぐに有ったが、喉がカラカラなため、電車を1本遅らせて、ロッテリアで冷たいジンジャーエールを飲んで、疲れを癒していた。30分後、次の電車が来たので、それに乗ろうとしたら、友人がSNSで紹介していたように、電車の到着メロディは、人気アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のメロディだった。まさか、戦艦大和の母港だからそれに引っかけたんではないよな、と思ったが、壮大なメロディがホームに鳴り響いていた。

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